黒スーツ着ない自分色就活 企業も見たい本当のあなた
自分らしい服装で就活しながら、希望する企業に就職したという女子学生が最近、目立ち始めた。企業の側にも「学生のひととなりが見えやすくていい」と、自由な服装を歓迎する動きがある。一般的な黒ずくめの就活スーツ姿で個性を隠すのではなく、思い思いのカラフルな格好で就活を実践した大学生や新卒社会人に話を聞いた。
自分らしい赤のニット 面接官と打ち解けられた
「私の勝負服は赤なんです」
慶応義塾大学4年の開菜々子さんは、自分の一番のお気に入りの赤いニットに黒のパンツで就職面接に挑んだ。開さんにとっていわゆる就活スーツは「よろい」にしか見えなかった。「面接は自分自身を見せる場なのに、がちがちのスーツを着込んでいったら作り物の自分で勝負することになりそうだと思ったんですよね」
勝負服の赤いニットはところどころに穴が開いたデザインだ。それを見た面接官から「あれ? 穴あいちゃったの?」と聞かれることもあったが、「逆に打ち解けるチャンスになりましたし、そこから会話が弾んで私を知ってもらえました」と振り返る。開さんは、服装に縛られない企業を選んで就活し、自然体で人材関連のベンチャー企業への内定を勝ち取った。
足首からのぞく赤いミサンガと、ミャンマーの文字が書かれた布バッグ。「これ、就職面接にも持っていったんです。かわいくないですか?」と話すのは、この春にIT大手に就職したばかりの柳原杏さんだ。
ミャンマーの山岳民族が住む地域でボランティア活動に参加したことが将来の進路決めにつながった柳原さんは、自らの思いをミャンマー文字のバッグと共に訴えて採用された。「自由な服装と持ち物で自分を見てもらえた方がいいですよね」
カジュアル寄りだけれどもきちんと見える自分なりの「就活ルック」で内定を勝ち取ったという、明治大学4年の横田莉奈さん。複数社受けたが、スーツを着て臨んだのは、1社だけだった。そのうちの1つの広告関連の企業に内定を得た。お金をかけ過ぎずに、楽しみながら就活用の服装を組み立てて行ったという。
実は横田さんは就活が本格化する前に、黒いスーツ、黒いかばん、黒いヒール、白いシャツの就活生向けセットを一応購入した。「結局、1回しか着ませんでしたけど」と笑う。ゼミなど、大学では自分のまわりにいる友人はほぼ全て黒ずくめだったが、一人だけカジュアルな格好。「心配されることもあったけれど、私は気にはならなかったです」
大学生のインスタグラムにあふれる 黒染めの儀式
就活向けといわれる黒い角張ったカバンは、「ものすごく重いんですよ」(横田さん)。説明会の紙の資料、パソコン、スマホ、大学の授業で使う本やノートも入っている。それを肩にかけ、履きなれないヒールで数社の説明会や面接を一日中、渡り歩く。髪形も額を出して後ろで束ねることが何となく推奨される。
学生有利の売り手市場といわれるのに、電車の中や企業のロビーで、黒ずくめの就活生が悲壮感にあふれているのはなぜなのだろう。
就活が本格化する時期が近づくと、大学生のインスタグラムはにわかに忙しくなる。
「髪を黒く染める同級生が次々とスマホに現れてびっくりしました」
春に社会人になった沼倉花菜さんがインスタの「異変」を感じたのは、大学3年の夏休み前だった。女子大の同級生が、就活のために茶色い髪を真っ黒に染める「黒染め」の様子を次々とインスタにアップし始めたのだ。「黒いスーツに黒い髪で臨まなきゃいけない就活なんて、疑問しか湧かなかったです。かわいくない」(沼倉さん)
スーツを着ても、黒ではなく紺色。髪は軽いブラウンのまま。あえてふだんの自分の姿で就職面接にいった。「勝負服は、顔色が明るく見えるピンク色のスカートでした。服装は私を知ってもらう大切な要素です」と話す沼倉さんは、IT(情報技術)企業への内定をもらい4月から勤務している。
服装リテラシーを学ぶ機会がない
なぜ自分を型にはめてしまうのか。「学校教育の影響だと思います」と説明するのは、明治学院大学3年の石黒シエルさん。
大学3年の夏休み前、学校で開かれた就活のイベントでのこと。「夏休みのインターンは、たとえ『私服で』と書いてあっても就活スーツで行きなさい」と指導された。また、別のメーキャップ講座では「大手企業の面接で会うのは50歳代の男性が多いから、おじさん好みにしたほうがいい」と言われたこともあった。
カメラマンのインターンをしている石黒さん自身は、就活スーツは持っておらず、自分の好きなスタイルでインターンに通っている。でも、現場で必要となればジャケットを羽織るし、自分なりに考えているという。
「そういえば、学生時代に服装についてきちんと学ぶ機会って、ほとんどないですよね」と指摘したのは、津田塾大の3年生、古賀要花さん。古賀さんは「どんな格好でも自由にすればいい」という考えの持ち主ではない。就活で自分らしさを出しつつも、好き放題にならないポイントをどう探すか、ふと立ち止まると分からなくなる。「服装リテラシーみたいなものを教わったことってないかもしれないです」と考え込んでしまう。
企業側に見える変化の兆し 大手も「服装自由OK」
記事に登場した学生や新卒社会人の就職先は、ITやベンチャーなど働く人の服装も自由なところが多く、確かに私服で面接に行くことへのハードルは低そうだ。では実際、ほとんどの学生が就活スーツ姿で面接や説明会に臨む大手企業はどう考えているのだろうか。
ある大手金融の人事担当者は「スーツの着用義務付けなど、服装の指定は一切していない」と明言する。それでも、ほぼ全員が就活スーツ姿で現れる。たまにノーネクタイの男子学生がいるくらいだという。
この担当者は「スーツの着用の有無で内定に有利、不利になることは絶対にありません。それよりも会社は必死でその学生の個性を見極めようとしています。もう少し、自由な格好で来てくれたほうが我々もいいのですが……」と苦笑いした。
また、数年前から「服装自由」と募集時に明記している大手広告代理店の人事担当者によると、それでも半数近くが就活スーツで現れるという。「もちろん、ほかの企業とうちを同じ日に受けていていることもあると思うので理解はしている」としつつも、「役員からは『没個性的なスーツ姿だと見分けがつかないから、私服のほうがいいんだけど』とぼやかれています」と話した。
このほか、タクシー大手は履歴書不要、服装自由という「ありのまま採用」を打ち出している。また、約2400社の中小企業が会員の東京中小企業家同友会は、「合同企業説明会には私服でお越し下さい」と明記している。
最近では、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&Gジャパン)のヘアケアブランド、パンテーンと就活サイトを運営するワンキャリアが「#令和の就活ヘアをもっと自由に」と題するキャンペーンを仕掛けた。就活はいわゆる黒髪でなくてもいいというメッセージに、企業や官庁が賛同する動きが出ている。
業務用ヘアケア商品や化粧品を製造販売するミルボンは今年の夏、学生の声をもとに商品開発などを提案するdot(東京・渋谷)に、インターンのプログラム作りを依頼した。学生が参加したいと思えるインターンを作るのが狙いだが、真っ先に提案されたことの一つが「服装を私服にすること」。実際、インターン当日に集まった学生は、クリーム色のシフォンのワンピースやピンクのパンツ、青のシャツワンピースなど思い思いの服装だった。
ただ、学生側の意識が揺れ動くのは、まぎれもない事実だ。「自由な服装だと自分らしくいられる」と言いつつも、「でも、本番の就活はやっぱりスーツを着て髪も染めなきゃいけないのかな」と話す学生もいた。
ある人事担当者は「やはり、学生さんは何かを忖度(そんたく)してしまうのでしょうね。こちらのつくり出す雰囲気が悪いのでしょうか……」と首をかしげた。
「みんなと同じ黒い就活スーツを着なかったら落とされるかもしれない」という恐怖感は学生の中に当然、あるだろう。それでも、就活スーツ姿を強要する企業はおそらく、多くはない。「私はこんな人間です」とアピールする就活の場こそ、本当はファッションで自分を表現すべきかもしれない。
(藤原仁美、桜井陽、安田亜紀代)
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