今や高級魚? サンマを塩でさらにおいしく食べる極意
魅惑のソルトワールド(34)
多くの人が楽しみにしている、サンマのシーズンが到来した。冷凍技術の発達で解凍サンマは年中出回るようになったが、やはり旬の脂のたっぷりのった太った生サンマのおいしさは格別である。最近はちょっと高級になってしまったサンマだが、だからこそ漫然と食べるのではなく、最高においしく食べたい。そこで、今回はサンマをおいしく食べるための塩遣いの極意を伝えたい。
近年、日本でのサンマの漁獲量は落ち込んでいる。日本近海の海水温が変化し、来遊するサンマの量が減っていることと、近隣諸国もサンマのおいしさに気がついて漁獲するようになったこと、の2つの要因とされる。今年8月の市場での平均価格が1キロ642円と、昨年の倍以上だったと報道されるなど、サンマが「庶民の味方」から「ちょっとした高級魚」になる可能性が高まっているようだ。
サンマはおいしいだけでなく、栄養価も高い。悪玉コレステロールを減少させる効果が期待できるドコサヘキサエン酸(DHA)や、代謝を促進する効果が期待されるEPAが豊富だ。さらに、ビタミンB12や鉄分、葉酸などを多く含むという。これらは貧血予防に役立つとされ、特に葉酸は妊娠を希望する女性に積極的に摂取するようにも言われている。「秋ナスは(身体を冷やすから)嫁に食わすな」に加えて、「秋のサンマは嫁に食わせろ」と言いたい。
さて、そのサンマの調理法。
焼く時は事前に塩をふってしばらく置いてから焼くことが多いが、理由は味付けだけではない。
家庭で調理する小ぶりのサイズの魚全般に言えることだが、こうした小ぶりの魚は内臓がついたまま仲卸まで流通するがほとんどだ。そのため、傷みやすい内臓の臭みが全身に移りやすい。また、身に水分をたっぷりと含んでいるので、ジューシーでおいしさを感じる一方、若干水っぽくもある。それを解消してくれるのが、塩なのである。
まず、調理する30分ほど前に塩を多めにふってバットの上に置いておく。塩の浸透脱水作用で、サンマの身に含まれた水分が外に吸い出される。その際に、魚特有の生臭みも一緒に吸い出してくれるのだ。身から水分が抜けることで、水っぽい身がきゅっと締まり、食感が増し、うま味も凝縮して感じられる。さらに、魚の表面の部分も引き締めてくれるので、焼いた時にドリップも出にくくなる、つまりうま味が逃げないという利点もある。
サンマに塩を振ってから焼くことには多くの利点があるのだが、1点だけ注意点がある。サンマの表面はしょっぱいけど、身には味がついていない、ということだ。
それを解決してくれるのが「立て塩」だ。立て塩とは、塩水を使った調理法で、古くから和食の技法として活用されてきた。その名前の由来は諸説あり、「魚が立つ(元気になる)塩水」という意味だとか、よく混ぜることを「たてる」というから、などと言われている。和食の技法と聞くと難しそうな気がするが、実は非常に簡単なので、ぜひ試してみてほしい。
まず、水500ミリリットルに対して、塩は15グラムほど。これは、海の塩分濃度とほぼ同じ濃さだ。塩をしっかりと溶かしてサンマを入れて、半日から一晩冷蔵庫に入れておく。こうすることで、臭みを抜いたり身を引き締めたりするのと同時に、サンマの身にほどよい塩味が浸透し、ムラなく全体に塩味をつけることができるのだ。
立て塩をした後はしっかりと水分を拭き取り、そのまま調理する。もちろん、一尾丸ごとでもいいし、開いたり、ブツ切りにしたりしても使える。特別な道具も材料も必要ない。唯一の難点は塩水につけてから寝かせる時間が必要なため、食べるまでに少し時間がかかってしまうことだ。だが、夜に仕込んで朝に食べたり、朝仕込んで夜に食べるなど、ちょっとした工夫で解消できるだろう。
ちなみに、立て塩の時に昆布を1枚忍ばせておくと、昆布のうま味がサンマの身に一緒に浸透するので、うまみが濃厚なサンマに仕上がる。これもぜひ、お試しいただきたい。
塩を直接ふってから焼くにしろ、立て塩をしてから焼くにしろ、やはり塩の種類にもこだわってほしい。塩は生産地や生産者、生産方法などで一つひとつ味わいが異なる。しょっぱいだけのものもあれば、うま味やおいしさを感じさせる苦味、心地よい酸味を持つなど様々な塩があるからだ。特にサンマを塩焼きにする際には塩が直接舌に当たるし、立て塩の場合でもその身にしっかりと塩味がつくので、塩にこだわることで一層サンマのおいしさを引き立てるのである。
お薦めしたいのは、サンマの味わいと似た特徴を持つ塩だ。例えば塩焼きだと、サンマのうまみ、焦げの香ばしい苦味、内臓まわりの苦味、脂の甘さ、血合いの酸味、海の香り、香ばしさなどが挙げられる。
塩の味はミネラルごとに異なる。ナトリウムがしょっぱさ、マグネシウムがうまみや苦味、カリウムが酸味、カルシウムが甘味だ。鉄が含まれている塩なら、鉄由来の酸味がする。
サンマの塩焼きに合わせるとしたら、焦げや内臓まわりに由来する苦味がほしいので、マグネシウムが多めの塩が良い。そして、脂の甘さをさらに引き立てるため、しょっぱさが少し強めの塩を使うと、対比効果で甘みが引き立つ。血合いをおいしく食べたいということであれば、カリウムや鉄をある程度含む塩が良い。もしくは、サンマは海の生き物なので、海水に近いミネラルバランスを持つ塩との相性が良い。
このすべての条件にあてはまるのが、沖縄県の粟国島で生産されている「粟国の塩 釜炊き」である。粟国島は人口1000人以下で、生活排水などによる汚染がほとんどない清浄な海水が流れている。その海水を枝条架式塩田という伝統製法で塩にしているのだ。沖縄本島から運んだ1万本以上の竹枝を10メートルの高さで組んだタワーに海水をかけ流し、数日かけて濃縮する。それを薪で炊いた平釜に移して、かき混ぜながらじっくり煮込んで結晶化させた塩だ。
口に含むと、力強いしょっぱさのあとに、魚の内臓を思わせる苦味、かんきつ類の皮と実の間の部分を思わせるような苦味と酸味と、続々と味が押し寄せてきて、最後に濃厚なうま味が舌の上に残る。途中で、海の香りを感じることもできる。まさにサンマの塩焼きにうってつけだ。
もちろん、自分の好みに応じてほかの塩も試してほしい。その場合、塩のパッケージの裏側に書いてある栄養成分表示を参考にするといい。表記がない場合だが、しっとりしている塩はマグネシウムとカリウムを多く含む傾向があるので、そういう塩を選ぶと良いだろう。こだわりの塩と立て塩で、ぜひ「自分的最高なサンマの塩焼き」を楽しんでほしい。
(一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会代表理事 青山志穂)
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