4カ国で『エヴァ』公開前イベント 同時多発中継で
巨大スクリーンにエッフェル塔が映し出されると、足元から突き上げるような歓声、笑声、そして拍手が入り交じった空気の振動が伝わってくる。2020年6月公開の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』から10分40秒00コマの本編映像が上映され始めた直後、4000人が集まった「Japan Expo」(JE)のイベントホールに、待ちかねていたエヴァ・ファンの7年分のエネルギーが一気に放出されたかのようだった。JEを拠点に実施したプロモーションイベントは「『シン・エヴァンゲリオン劇場版』0706作戦 LIVE」。JEでのイベントを核として、日本、中国、そして米国、国境を越えて連動させた。
フランス時間の7月6日13時15分から始まるイベントを、日本では同日20:15から札幌、東京の2カ所、名古屋、大阪、博多の5都市6会場で同時生中継。LINE LIVEで配信した映像は、上海の特設会場でも同時上映され、さらにその模様が中国の動画配信サイト「ビリビリ動画」などを使って同時配信された。時差の関係で同時ではなかったが、米ロサンゼルスで開催された「Anime Expo」でも同じ7月6日20時に映像が上映された。本編映像は7月6日の21時から、名古屋、博多、新宿、渋谷、池袋、秋葉原、6カ所の大型ビジョンでも上映された。
イベントでは、エヴァのテーマ曲などを歌う歌手の高橋洋子が「TENSIONS」「残酷な天使のテーゼ」など5曲を歌うステージを展開。そのあと碇シンジ役の声優・緒方恵美がゲストとして登壇して、エヴァについてのトークで会場を盛り上げた。フランス人通訳が2人の発言を翻訳するたびに、多数の立ち見ファンもいる広いホールが沸く。イベントの最後に上映されたのが冒頭の本編映像だった。
計5万人の集客を目標としたイベントはフランスで4000人、日比谷に1300人、新宿は850人、上海は1000人など。会場の規制もあり入場者数は制限されたが、新宿会場の整理券は配布を発表して2時間で無くなったという。中国では動画のリアルタイム視聴者、イベント会場、LINE LIVEの視聴者などを合わせて約150万人に達したという。映画公開の1年前のプロモーションとしては極めて異例の大規模プロモーションとなった。
公開1年前に何かしたいよね
仕掛けたのは総監督の庵野秀明氏が代表を務めるカラーとグラウンドワークス、キングレコードの3社に東映などが加わった宣伝チーム。その1人で東映企画調整部 兼 映画興行部の次長でプロデューサーの紀伊宗之氏は「前作から7年もの間があき、庵野総監督からも1年くらい前に何かやったほうがいいのではと言われていた」と語る。
上映1年前にひと山作りたい、と考えたのは、コアファンに対して20年に新作が上映されることを知らせるため。前作の公開から7年もたち、ファンの生活も当時とは変わっている。子育てなどの生活に忙しく、最後の作品が上映されることに気付かない人もいるかもしれない――高橋洋子が18年に引き続きJEに出演するのは決まっている。パリが舞台の新作プロモーションをJEで実施できないかと考えたのだという。
エヴァのステージから同時多発中継のイベントを仕掛けることを最終的に決めたのは19年3月のこと。それからイベントまでは技術検証を含めて「ドタバタだった」とカラーの海外展開戦略担当 音楽渉外担当 プロデューサーの島居理恵氏は振り返る。宣伝チームは10人強。7月に迫ったビッグイベントの準備に残された時間は少なかった。
核としたのは、映画宣伝では珍しいというアプリの活用だ。通常なら映画宣伝では、メディアで宣伝して認知度を上げながらプロモーションを拡大していく。しかし「エヴァは普通の映画とアプローチが違う」と紀伊氏。既に多数のファンが存在しており、「エヴァの情報配信はいつもファンファースト」(紀伊氏)。
エヴァに関する情報は、メディア向けのリリースを出す前にサイトなどで告知するのが通例だ。そのためまずはアプリで、すべての情報を配信できるようにした。7月1日に公式アプリをリリースし、これと連動してイベント情報を配信する。7月6日のイベント当日の整理券情報などもアプリを通じて配信した。イベント映像を同時中継する6カ所の会場の定点カメラ映像を見られる機能も用意した。庵野総監督からも、「各地定点記録をアプリ内に残したい」とリクエストがあったという。配信する映像にはSNS(交流サイト)への投稿規制もかけなかった。ファンがツイッターなどで拡散できるようにするためだ。
アプリで旧作の本編視聴も可能
「映画公開1年前のプロモーションとしては極めて大きな規模。実写映画1本を作れるくらいの費用がかかった」と紀伊氏は笑う。ただ「眠っていたファンを起こせた」(同)。その成果はコスト以上に大きかったようだ。
イベント参加者、ライブ配信視聴者、ライブ配信後の視聴も含めたトータルの視聴者数は約200万人。7月23日時点で、アプリのダウンロード数は35万超で、イベント後は「商品化やプロモーションで活用したい、といった問い合わせが跳ね上がった」(グラウンドワークスの代表取締役、神村靖宏氏)。
ライブイベントが始まる前に流したCM映像は15秒CMが26本。バンダイナムコ、セガ、米ネットフリックス、セブン-イレブン、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)……などビッグネームが並ぶ。「本当に20年に映画を公開するのだと念押しできた」と成果を語る島居氏。7月中旬からは映画の本編を期間限定で無料視聴できるプロモーションも展開。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』『同:破』『同:Q』をすべて見られるようにすることで「ファンの裾野を広げる」(島居氏)ことを狙った。
今までエヴァをみたことがない層でも、無料アプリならリーチしやすい。しかも2時間の映画が無料で見られるのだから、誰しもが試そうと考えるかもしれない。今後もアプリを核としながら1年後の公開に向けてプロモーションを続ける考えだ。
(日経クロストレンド編集長 吾妻拓)
[日経クロストレンド 2019年8月22日の記事を再構成]
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