トップの過ち、どうただす? 史記にみる諫言の作法司馬遷「史記」研究家・書家 吉岡和夫さん

「一鳴驚人」(一たび鳴かば人を驚かさん)=書・吉岡和夫
「一鳴驚人」(一たび鳴かば人を驚かさん)=書・吉岡和夫
中国・前漢時代の歴史家、司馬遷(紀元前145年ごろ~同86年ごろ)が書き残した「史記」は、皇帝から庶民まで多様な人物による処世のエピソードに満ちています。銀行マン時代にその魅力にとりつかれ、130巻、総字数52万を超す原文を毛筆で繰り返し書き写してきた書家、吉岡和夫さん(80)は、史記を「人間学の宝庫」と呼びます。定年退職後も長く研究を続けてきた吉岡さんに、現代に通じるエピソードをひもといてもらいます。

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主君や目上の人に対し、その過ちを指摘し改めさせるのは大変難しいことです。諌(いさ)める時は諷喩(ふうゆ)と言って遠回しに指摘する方法と、ストレートに指摘する直諌(ちょくかん)の方法がありました。相手を傷つけず恥をかかせずに悟らせることができれば、諷喩は優れた諫言(かんげん)の手法と言えるでしょう。

三年飛ばず鳴かず
中国の春秋時代(前770~同403)、長江の中流域を中心とした楚の国でのこと。のちに有力諸侯の「覇者」に数えられた荘王は、即位してから3年もの間、何の号令も発せず、淫楽に耽(ふけ)っていました。しかも「もし自分を諌める者がいたら死罪に処す」との命令まで出したのです。
これを見かねた家臣の伍挙(ごきょ)は宮中に入ると王に言いました。「なぞなぞをしたいと思います」
 鳥有り阜(おか)に在り、三年蜚(と)ばず鳴かず。これ何の鳥ぞ。
1羽の鳥が丘にいます。3年間も飛ぶことも鳴くこともないのです。何という鳥でしょうか――。これは日本でも使う「三年飛ばず鳴かず」あるいは「鳴かず飛ばず」という言葉の由来となった問いかけですが、これに荘王は答えます。「3年も飛ばないのか。ひとたび飛んだら天まで昇るであろう。3年も鳴かないのか。ひとたび鳴けば人を驚かすであろう。伍挙よ、下がれ。私はお前の言うことはわかっている」と。ところが数カ月たっても、王の淫楽はやむことがありません。
イラスト・青柳ちか
今度は蘇従(そしょう)が宮中にやってきます。今度は直諌でした。王は言いました。「お前は命令を知らぬのか?」。蘇従は答えました。「私は死んでも、王が名君になっていただけるならば本望です」。これを聞いた王は直ちに淫楽をやめ、政務に就いたのです。数百人を処分し、数百人を引き上げました。無論、伍挙と蘇従とは重用され、政務を任されました。「国人大いに説(よろこ)ぶ」と史記は伝えています。
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