依存症治療にヒントがあった 働く人のストレス解消法精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんに聞く(下)

日経Gooday

人に頼るのを恐れず、日ごろから周囲に助けを求めることが大事。画像はイメージ=(c)Artur Szczybylo-123RF
人に頼るのを恐れず、日ごろから周囲に助けを求めることが大事。画像はイメージ=(c)Artur Szczybylo-123RF
日経Gooday(グッデイ)

依存症とは、自分で自分の欲求がコントロールできなくなり、やめたくてもやめられない状態に陥る病気。アルコールから、薬物、万引き、痴漢や虐待まで、依存症にもさまざまなものがあるが、日常のストレスがきっかけになることが多いという。前回記事「依存症とストレスの深い関係 きっかけは日常の中に」では、性依存症の一つである痴漢行為を例に、人が依存症になる仕組みについて紹介した。後編は、依存症に陥らないための効果的なストレス対処法や依存症からの回復モデルなどについて紹介する。この問題に詳しい大森榎本クリニック精神保健福祉部長で精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんに聞いた。

「依存」もストレス対処行動の一つ

――斉藤さんは、精神保健福祉士・社会福祉士として、依存症者をケアするクリニックでアルコール、薬物、ギャンブルなど各種依存症の治療を行っています。今回例として取り上げる痴漢や盗撮などの性暴力の加害者も、実は「性依存症」という問題を抱えているのでしたね。前回、「何かに依存すること」もストレスコーピング(対処行動)の一つという説明がありました。つまり、誰もが依存症になる可能性があると……。

精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さん

斉藤:そうですね。私が、これまで多くの性依存症者と関わってきた中で得た知見は、性犯罪者の多くはどこにでもいる普通の男性だということです。痴漢=性欲を持て余したモンスターなどではなく、実際の痴漢像はごく普通の四大卒のサラリーマン、家庭を持つ父親だったりします。

最初は、ちょっとした偶然や気分転換、ストレス解消のつもりで始めたことなのかもしれない。でも、「あと1回だけ」「もう少しだけ」と繰り返すうちに、どうにもやめられなくなるのが、依存症です。逮捕や解雇、家庭崩壊などのリスクを承知で、自分の性的欲求や衝動をコントロールできない状態に陥っていきます。逮捕されてもより強い刺激や達成感を求めて繰り返す。再犯率が高いのも痴漢や盗撮の特徴といえます。

――痴漢は、本人の問題だけでなく、他人への暴力行為が伴います。被害者がいて傷ついている。それにもかかわらず、加害行為に及ぶ人たちには、認知のゆがみがあって「加害者性」を自覚できないのでしたね。

斉藤:ええ。数多くの性犯罪者と関わってきたことから、分かったことです。痴漢行為で逮捕されたとき、彼らは家族や身近な人には申し訳ないという気持ちでいっぱいになります。しかし、被害者に対しては、悪いことをしたという意識はまったくといっていいほど感じていない。その部分は鮮やかに抜け落ちています。自分にとって不都合なものでしかない「加害者記憶」を早々に手放してしまいます。

性犯罪者や性依存症者の専門治療を求めて、私たちのクリニックを訪れる人は、年々増加傾向にあります。「痴漢行為は性依存症の一つで、治療するとやめることができる」ということが、世の中に認知されてきたという背景があるのかもしれません。性犯罪者が依存症のループから抜け出すには、「自らの加害者性に自覚的になること」が必要で、治療でもその点は重要視しています。

「行動変容」のための治療で、認知や内面を変えていく

――性犯罪の専門治療ではどのようなことをするのでしょうか?

斉藤:まず、お伝えしたいのは、性犯罪の加害経験がある人たちへの治療は、単なる支援やケアではなく、あくまでも「性犯罪再発防止プログラム」の枠組みの中で行うということです。つまり「ケア」や「支援」という言葉は適切ではなく『加害者臨床』と呼んでいます。つまり、再犯防止が最重要課題であることは言うまでもありません。

その内容は、自分が強迫的性行動に出るに至るまでのプロセス(引き金→思考→渇望→行動化)を知ること。自分の認知のゆがみに気づくこと。加害者の心理と被害者の気持ちについて知ること。自分なりの問題解決スキルを獲得すること。リスクマネジメントプランを作成することの5つから成り立っています。それぞれのプログラムが補完し合って「行動変容」を促していきます。

いわば、「痴漢をしない自分を更新していく」という作業ですね。「うまく対処できた」という成功体験を持つことが、自己肯定感の変化につながり、認知のゆがみを少しずつ修正していくことにつながっていきます。行動の変容が、認知に影響を与え内面の変化につながるのです。治療は数年間という長期に及ぶことが多いのですが、中でも「自助グループ」の仲間は大きな助けとなります。

――自助グループというのは、当事者同士で自主的に集まって悩みを打ち明けたり、問題解決のために経験や情報を共有したりするグループのことですね。他者との関わりの中で、考え方や行動が変わっていくということでしょうか?

斉藤:そういうことです。痴漢に耽溺する人は、家では良き父親、職場では真面目な社員だったりするわけです。しかし、その反面、「弱さ」を認め合えるような人間関係(つながり)を持てていない。自助グループは「弱さ」でつながるという点で、自分の弱さが他者のエンパワメントになるという体験をすることができるため、依存症からの回復に有効です。

互いの「弱さ」を認め合うことが依存症脱出の鍵

――「弱さ」でつながることの必要性について、詳しく教えてください。

斉藤: 前回記事「依存症とストレスの深い関係 きっかけは日常の中に」でもお伝えしましたが、「日本社会に残る男尊女卑の価値観が変わらない限り、性犯罪者は量産されていく」というのが私の考え方です。選挙演説のときなどに、年配の男性が女性の候補者を馬鹿にしたりかみ付くような場面があるかと思いますが、あれはとても象徴的なシーンだと思います。たぶん、議員が女に務まるのか?と言いたいんでしょう。こういう人にとって、自分より弱いと思っていた人から反発されることや、その人たちから自分の存在価値を否定されたり、拒否されたりすることは、とても怖いことなんです。

ストレスで追い詰められたとき、助けを求めるのではなく、相手を傷つけることで自分自身のパーソナリティを取り戻す。残念ながらこの世の中には、このような人が少なからず存在します。パワーゲームから降りることが怖いから、つまり負けを認められないから、苦しいのです。

――泣いてはいけない、我慢をしないといけない、悩みは自分で解決しなくてはいけないとか、大人らしさ、男らしさを求められる社会では、ストレスもたまるでしょう。現代社会では、誰もが抱えがちなストレスかもしれないですね。

斉藤:そうですね。男性はむしろお酒の席などで自分の武勇伝を語りたがりますが、それは他者を支える力にはなりません。むしろ、弱さを認めると、弱さでつながること、そこに人間同士の絆が生まれる。誰かの弱さが、他の人の力になったりするわけで、そこに回復のヒントがあります。

本当は、泣いてもいいし、弱音を吐いてもいいんです。私もあるとき、患者から「斉藤さんの弱い話が聞きたいんだ」と、言われたことがありました。治療を担当する側も、正直になること、楽になることが大切なのだと気づかされました。これは、誰にでも当てはまります。性依存症に限らず、自分の「弱さ」を認めそれが共有できることは、ストレスや依存症を解消する鍵なのです。

健康的な生活習慣と、仕事以外のつながりが重要

――では、私たちが依存症に陥らないための具体的な予防策としては、やはり趣味など、何かのつながりを持つことが重要でしょうか。

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