ストレスと依存症の深い関係 きっかけは日常の中に精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんに聞く(上)

日経Gooday

写真はイメージ=(c)Katarzyna BiaA asiewicz-123RF
写真はイメージ=(c)Katarzyna BiaA asiewicz-123RF
日経Gooday(グッデイ)

性暴力や虐待など、弱者を狙った事件が相次いでいる。また近年、そうした犯罪行為の背景の一部に「依存症」があることが明らかになってきた。人はどうやって依存症になるのか、依存症にならないように、日々のメンタルを良好に保つコツはあるのか。日ごろからストレスにさらされがちなビジネスパーソンが知っておきたい依存症対策について、この問題に詳しい精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんに聞いた。

1回目の今回は、日常の中で起きている痴漢行為を例に、依存症になる仕組みや実態について解説する。2回目は、依存症からの回復モデルと、加害者性を発動しないために有効なストレス対策について紹介する。

依存症になるきっかけは、ごく普通の生活の中に

――斉藤さんは、精神保健福祉士・社会福祉士として、アルコール依存症や薬物依存症をはじめ、性犯罪や虐待(DV)、万引きなどの各種治療プログラムを立ち上げ、依存症患者さんの治療に長年携わってきました。依存症とはやめたくても、やめられない状態など、意志の力ではコントロールできなくなること。著書『万引き依存症』(イースト・プレス)の中で、「依存症になるきっかけは、ごく普通の日常生活の中にある」と指摘されていますね。

精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さん

斉藤:依存症というと、真っ先に浮かぶのは、アルコールやギャンブルでしょうか。ほかにも、買い物、インターネット、薬物、万引き、暴力など、たくさんのワードが出てくるはずです。依存の対象は「物」だけではありません。「人」に依存すると、虐待やDV、ストーカーといった問題に発展する場合があります。一方、ギャンブルやインターネットは「行為・プロセス」に耽溺(たんでき)するケースで、仕事やダイエットも、これに当たります。世の中には、ワーカホリックの人や心身の健康に影響が出るほどの過剰なダイエット(摂食障害)に夢中になる人もいます。そう考えると、依存症は特殊な人だけがなるものではないことが分かります。

――ただ、誰もが問題行動を起こすわけでもありません。

斉藤:そうですね。アルコールやギャンブルなどは、ちょっとした気分転換や趣味程度に楽しむなら許容範囲です。しかし中には、ほどほどにできなくなる人もいます。お酒も度を過ぎれば体を壊し(身体的損失)、出費がかさみ、生活が破綻(経済的損失)します。必要以上にのめり込んでしまった結果、借金を重ね、時に家族や友人まで巻き込んでしまったり、仕事まで失うなど(社会的損失)、多くのものを失ってしまうのが依存症の怖さです。つまり優先順位が逆転してしまうのです。

また、何かに依存するのは、「だらしないから」「意志が弱いから」とよく言われますが、それは明らかな偏見です。ストレスが発生したときに、自覚的に対処することを「コーピング」と言いますが、「何かに依存すること」もストレスコーピングの一つ。仕事や人間関係がうまくいかず誰にも相談できない、夫婦の問題を抱えている、大切な人を失ったなど、誰でも経験する出来事が引き金になって、依存症へと踏み出す人は少なくありません。

仕事・家庭でのストレスが性依存症の引き金に!?

――反復する痴漢行為や盗撮、児童への強制わいせつといった性犯罪までも、依存症(嗜癖行動)としての側面がある。そうした認識を持っている人は、まだ少ないのではないでしょうか。

斉藤:そうですね。例えば、満員電車の中で、女性にわいせつ行為を繰り返す痴漢は、性依存症の一つであり、行為・プロセス依存に陥っている状態です。世の中には、痴漢は「性欲が強い人がするもの」「モテない男性がするもの」という思い込みがあると思います。しかし、加害者に聞いてみると、必ずしも痴漢行為の際に勃起するわけではないし、問題行動の前後で射精を伴わない人も多い。つまり、性欲が強い人が起こすのではないと言えます。その背景には、ストレスがあり、日本社会特有の男尊女卑的な価値観がある、と私は考えています。痴漢は、生まれながらに痴漢なのではなく、社会の中で痴漢になっていくのです。つまり学習された行動といえます。

――依存症は社会問題でもあると……。斉藤さんたちの調査では、痴漢をする人は、四大卒、会社員、妻子持ちが圧倒的に多いそうですね[注1]。この事実には、ショックを受ける人も多いと思います。

斉藤:そうなんです。言ってみれば、痴漢をする人はごく平凡な男性で、一見すると、女性に乱暴しそうにない人ばかり。だからこそ、彼らは匿名性の高い満員電車に紛れ込んで、犯罪行為を繰り返しやすいともいえますね。

[注1]性犯罪者を対象にした再犯防止プログラムの受講者への調査(榎本クリニックが実施)より

次のページ
普段はイクメン、どこかで優越感を求めずにいられない