レジ締め30分が5分に ロイヤルホストのIT活用術
黒須康宏ロイヤルホールディングス社長(下)
ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」は営業時間の見直しなどで従業員の働き方を改善する一方、売上高増も実現した。今後、さらに働き方を改善するためにIT(情報技術)やロボットなどを活用していくという。また、女性社員が働きやすい職場にすることも課題だ。ロイヤルホールディングスの黒須康宏社長に聞いた。
ITやロボティックスをどう使うか
白河桃子さん(以下敬称略) 前回、営業時間の短縮や店休日の導入についてお伺いしましたが、もともとの課題だったパートさんの人員配置については、かなり改善されたのでしょうか。
黒須康宏社長(以下敬称略) よくなってきていますし、うれしいのは新卒採用に来てくださる学生さんたちからの信頼も上がったことです。「安心して働けそうですね」と面接で言ってもらえたりすると、手応えを感じますね。パート・アルバイトさんはうちでは「クルー」と呼んでいますが、採用の工夫としては応募受付代行システムを活用した一元管理を導入しています。
白河 どういった仕組みですか?
黒須 通常、パート・アルバイトの募集というのは店舗ごとに発生するものなのですが、忙しい時間帯の営業中に電話がかかってくると、せっかく応募してくださったのに対応が遅れたり、対応にバラツキがあったり、という問題がありました。これを解消するために、応募の受付業務を外部委託して面接の日程調整までしていただいているんです。これによって、店舗の負担も減りますし、クルー側にとっても「きちんと対応してもらえた」という安心につながります。導入以降、面接に来ていただける比率はかなり上がったと聞いています。
白河 なるほど。チャンスを逃さない施策は人材不足のご時世には重要ですよね。女性の高学歴化・正社員化も進んでいますので、いわゆる「主婦パート」はこれから激減すると言われています。恒常的な人手不足の中、パート人材をいかに獲得していくかはかなり勝負どころになっていくと思うのですが、他にも何か手を打っていますか?
黒須 大きく二つあって、一つは労働市場でロイヤルホストをポジティブに評価していただけることが大事です。「ここで働いたら楽しそう」と思ってもらえるよう、引き続き努力していくことですね。もう一つは、イノベーションだと思います。
日本橋の研究開発店舗で省力化実験
白河 御社が考えるイノベーションとは? 詳しく教えてください。
黒須 いわゆるITやロボティックスをどう取り入れていくかは、非常に重要なテーマです。この業界でもおそらく今後は「無人レストラン」や「ロボットレストラン」といったスタイルが増えていくだろうと思いますが、我々はそれをやるつもりはまったくありません。これまでも提供してきた食とホスピタリティーの価値をより高めていくために、どんなテクノロジーを活用していくべきか。これを突き詰めて考えると、我々が目指すイノベーションというのは、従業員が料理やサービスに集中できるような環境づくりに貢献するものになっていくでしょう。
白河 つまり、それ以外の部分を積極的に効率化していく方向ですね。
黒須 そうですね。料理とサービスに時間と労力をかける上での障壁やストレスになっている部分を取り除いていきたいと思っています。例えばロイヤルホストで今年から始めたイノベーションの一例でいうと、営業後に日報をまとめたり現金を数えたりする「レジ締め」という業務をたった5分で完了できるシステムを導入しました。これまで周辺業務を含めて30分ほどかかっていたレジ締めが5分で終了するので、かなりストレス軽減になったと思いますし、労働時間の短縮にもつながっています。
白河 閉店後のレジ締めが5分。サービス残業化しやすい業務ですよね。日本橋に実験店舗を持っていらっしゃいますよね。そちらではたしかキャッシュレス決済もトライされていましたが。
黒須 はい。あの店は研究開発(R&D)店舗として、新しい実験を検証する場になっています。キャッシュレス決済が話題になったのですが、やりたかったのは決済も含めて、人が価値を生む接客と料理などを除いた間接業務を極端に減らしたら何が起きるか?という実験です。
間接業務は、ロイヤルグループの他店舗の場合で労働時間の約19%を占めているのですが、R&D店舗でセントラルキッチンサプライによる火と油を使わない調理の研究、キャッシュレス決済、ロボット清掃などを試した結果、5.6%にまで短縮することができたんです。その結果、何が起きたか。ホールも厨房も暇になって、やることがなくなっちゃったんですよ。
すると何をするかというと、お客様のテーブルに行って「お味はどうでしたか」「今日はどちらからいらっしゃったんですか」とコミュニケーションにかけられる時間が増えたんですね。この結果をもって、「では実際の店舗に何をどこまで導入するか」という議論をしました。そしてレジ締め業務の短縮やロボット掃除機の導入を全店で始めることにしたという経緯です。
白河 イノベーションの投資判断をする前の、検証をしっかりなさっているということですね。逆に、「これはやらない」と決めたことはありますか。
黒須 今のところ、商売を考えると「100%キャッシュレス」は尚早だろうという判断はありました。
白河 パート・アルバイトの方々のシフト編成や売上予測などにIT導入はなさっていますか。いま来店予測を使って、かなり正確にフードロスを削減することができるようになったそうですね。
黒須 今後のことにはなりますが、売上予測については重要視しています。ただし、予測の精度が高くなければ、ロスにつながったりお客様に迷惑をかけたりすることになりますので、確実で慎重な導入が必須になります。現在は実験的に20店舗ほどで試しているところです。
白河 外国人採用については積極的に考えていますか。
黒須 グループ内の「てんや」では16%くらいの外国人に活躍いただいています。文化や習慣を乗り越えてホスピタリティーを追求できるかが課題ですが、地道にトレーニングの機会を設けています。
満足度調査をパート・アルバイトにも拡大
白河 世間では、アルバイト店員が非常識な行動を動画に撮って公開する「バイトテロ」の問題もたびたび起きていますが、そのあたりの対策は何かなさっているのでしょうか。
黒須 よく聞かれるのですが、「処罰をちらつかせて縛る」というのは少し違うかなと思っています。やはり楽しくやりがいをもって働ける場を提供すれば、おそらくそういう事態にはならないはずです。だからこそ、従業員満足度を高める努力は怠れません。
白河 従業員の皆さんが苦情を会社に伝えられる窓口は用意されているのでしょうか。
黒須 社員に関しては、8年ほど前から、従業員満足度調査を年1回ペースでやっていて、コメントを書いていただくようにしています。また、試みとして、パート・アルバイトさんに関しても今年から同様の調査を始めています。
白河 最低賃金の水準も年々上がっていますが、「ここまでなら耐えられそうだ」という予測は立てていますか。
黒須 これは労働市場の需給の結果ですので仕方がないと思っていますが、年々、賃金コストの上昇ペースが増しているのは事実ですね。したがって、その上昇分を十分にカバーできるだけの生産性向上を成し遂げることがますます重要になっています。人を減らすといった単純な方法ではなく、強みを生かしたサービスの発展や新規市場の開発という未来志向の戦略で達成していきたいと思っています。
ちょうど今、10年先のビジョンを策定しているところなのですが、これまで以上に大きな環境変化は起きると予測されますし、人手不足はより深刻化するはずです。採用もより力を入れていきたいと思っていますが、特に女性の活躍に関してはまだまだ遅れていると自覚しています。
新卒採用の6割が女性、定着に課題
白河 今は女性の割合はどれくらいですか?
黒須 グループ全体の総合職では20%程度です。新卒の割合では女性比率が上がっていまして、19年春の採用では6割が女性でした。女性店長の割合も25%ほどになってきました。
白河 4店に1店が女性店長というのは、かなり健闘されているほうだと思いますが。
黒須 ただやはり、ライフイベントに影響されて退職していく女性が多いのは事実です。我々としてもいかに継続的に女性に働いてもらえるかは喫緊の課題と考えていて、2年前に各事業部門からさまざまな立場の女性社員に男性社員も加えて「なでしこプロジェクト」を立ち上げました。
女性が長く活躍するための制度面・待遇面の改善策を現場から発案してもらう取り組みで、「妊娠が判明した時点で短時間勤務や週休3日制を適用できるようにしてほしい」といった要望もここから生まれています。実は昨日も、同プロジェクトで「妊婦体験」という試みがありまして、妊娠8カ月時に相当するおもりを私も抱えてみたのですが、「こんなに重いのか!」と驚きました。
白河 立ち仕事ですと特につらいですよね。
黒須 はい。ユニホームも十分に整備されていないことが分かりましたし、男性社員の意識がまだまだ足りないと、自戒も含めて思いました。
白河 社長自ら体験するとは、素晴らしいですね。しかし、総合職採用に女性が6割まで増えているというのは、会社としても期待しているという意思の表れではないでしょうか。
黒須 もちろんです。特に我々の業界はもっと女性が活躍しなければならないと感じています。一方で、身体的な無理をさせてしまってはいけないので、うまくテクノロジーも導入しながらいろいろな改革を進めていきます。一つの前進としては、人事部長を女性にしました。しかも執行役員で。女性活躍の推進につながるのではと期待しています。
白河 お話を伺って、サービス業には日本全体が抱える働き方の課題が凝縮されているのだとあらためて感じました。だからこそ、イノベーションの効果が如実に表れそうですし、フードロスをはじめとしたSDGs(持続可能な開発目標)にも深く関わるテーマも抱えていますから、これから先の変化がとても楽しみです。
あとがき:コンビニの24時間営業が国の課題として取り上げられる中、なぜ24時間をやめられないのか、やめたら何が起きるのか、興味を持ってロイヤルホストへ取材に行きました。ファミレス業界も今の業態ができたのは1970年代。コンビニ黎明(れいめい)期と同じです。高度成長期、人口ボーナス期のビジネスモデルは、環境の変化に適応しないと生き残っていけない。「24時間」というファミレスの代名詞の看板を下ろし、自らのコアコンピタンスに向き合うことがロイヤルホストの答えでした。365日24時間店舗を預かる心理的なストレスはコンビニにも通じる問題提起。そして「定休日」をあえて設定することで社員はもちろん、パートの募集にも苦労しなくなるという効果がある。労働時間だけでなく「一斉に休む」ことの効果についてもヒントがありました。
少子化ジャーナリスト・作家。相模女子大客員教授。内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員。東京生まれ、慶応義塾大学卒。著書に「妊活バイブル」(共著)、「『産む』と『働く』の教科書」(共著)、「御社の働き方改革、ここが間違ってます!残業削減で伸びるすごい会社」(PHP新書)など。「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプラン講座」を大学等で行っている。最新刊は「ハラスメントの境界線」(中公新書ラクレ)。
(ライター 宮本恵理子)
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