漫画「約束のネバーランド」 若者に響いた逆張り戦略『ジャンプ』なのに主人公は強い女の子

日経クロストレンド

杉田氏が学生時代からの付き合いという2人(写真:古立康三)

女性を前面に出す方が、今はむしろ自然

原田 「逆境を乗り越える」というのも、若者に受けた重要な要素だと思います。

杉田 昔の少年漫画を読んで気づくのは、逆境系の作品が多いこと。それなのに今のジャンプにはないことがずっと疑問でした。では、逆境系は過去の遺物で、今の時代に受けないかというと、そうではありません。『下町ロケット』に代表されるような逆境ものの大ヒット作はありますし、『プリズン・ブレイク』など人気の海外ドラマにも逆境型作品は多い。

逆境系がいつの時代も支持されるのは、そこで人間が試される姿、頑張る姿は見ていて勇気がもらえるから。自分も逆境を描いた作品が好きだったので、いつか手掛けてみたいと思っていたところに、約束のネバーランドと出合って、まさに「これだ!」と確信したわけです。

原田 逆境系のコンテンツが世の中で減っているのは、現実の世界で若者の周りから逆境が消えてしまっていることが原因かもしれません。昔より先生の体罰や暴言が少なくなり、親や大人が理不尽に何かを強要することも減っている。そのため、書き手は現実の世界をモチーフに逆境系の作品を作りづらくなっているのが現状です。

では、どうすれば作れるかと言えば、空想の世界で人工的に逆境を設定して、それにあらがう物語を生み出すしかない。そのアプローチが見事にはまったのが、約束のネバーランドだったと思います。

杉田 確かに逆境がなくなっていますよね。今の社会からは汚い現実が過剰なほどに排除され、いわば「漂白」されて隠されている。そういった怖さも、この作品では描かれていると思います。僕や原田さんが子供の時は、たぶんもっと不条理とか人間の汚い負の部分に触れる機会って多かったですよね。

けれども今は、それらが一掃され、若者は子供の時からきれいな世界だけを見せられています。だけど、覆い隠された裏は結局汚いままで、表面上見えないようにしているだけ。若者も生活の中でそれに当然感づくわけです。僕たちよりも衝撃的に。その時の「大人や社会に騙されていた」みたいな感覚が、約束のネバーランドでは母親や世界に子供たちが裏切られていた感情にうまくメタファーされているように思っています。それも、若い世代に受けた理由かもしれません。

主人公のエマは、要所要所でリーダーシップを発揮する強い女の子として描かれている

原田 少年雑誌なのに、主人公が活発で強い女の子(エマ)という点も、いかにも現代的です。

杉田 主人公の女の子は、本当に皆をぐいぐいと引っ張っていく、昔の概念で言えば男性的なタイプです。今の30代以上にとっては違和感を覚えるかもしれない設定ですが、子供たちや若者は、むしろこうしたリーダーシップのある女の子の方が受け入れやすいかもしれません。

そういう意味では、弱い男の子も出てくるし、逆に仲間を助けるために自分の髪をバッサリと切るような「男前」の女の子も登場します。マチズモ(男性優位主義)がないことは今の若者たちの特徴で、ユニセックスや性的少数者(LGBT)にも共感を示す世代。「男は男らしく」と思っている世代とは、全く異なる男女観だと思います。

米国ではハリウッド映画の『ワンダーウーマン』が大ヒットするなど、女性が前に出てくることはむしろ自然と捉えられてますし、日本の若者マーケティングを考える際も、ジェンダー観の変化は大切な要素かもしれません。

原田 約束のネバーランドは、主人公だけでなく、サブキャラクターも重要な役割を担っているのが特徴。「絶対的な主役」が存在せず、サブキャラにも光を当てている点に、若者たちが共感しています。これは今どきの漫画全体の傾向だとは思いますが……。

杉田 そこは、言ってみればSMAPの『世界で一つだけの花』的な世界観。誰もがオンリーワンで、それぞれに意味や価値、役割がある方が、今の若者は受け入れやすいと思います。漫画のみならず、アイドルでもAKB48や坂道系の欅坂46、日向坂46など、若者向けでヒットするコンテンツは大半がそうした設計になっているように思います。

原田 ただ、逆張り理論で言えば、圧倒的な存在感を持つスーパー主人公が次のトレンドになるのでは?

杉田 まさにおっしゃる通りだと思います。というか、実はスーパー主人公が登場する作品は、世の中には徐々に出てきています。例えば、最近のヒット作『響 ~小説家になる方法~』(作者:柳本光晴)は、めちゃくちゃ強い女子高生が主役です。僕自身も、カッコよく圧倒的に強い主人公が好きなので、次は圧倒的な主人公が活躍する作品も担当してみたいですね。子供たちや若者に、今まで見たことがない漫画に出合う体験を提供できるように、今後も頑張っていきたいです。

(ライター 高橋学)

[日経クロストレンド 2019年8月9日の記事を再構成]

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