ホルモンと世界のワイン、出合い楽しむ焼肉店
日本人が大好きな焼き肉。合わせる酒はビールかハイボール、マッコリが定番だが、年々日本での消費量が増え、人気も安定してきたワインを薦める焼肉店が増えている。しかし、肉とワインの相性の良さはすでに知られており、目新しさはさほどない。そこで、今回はさらに一歩踏み込んだユニークな提案をしている、都内の焼肉店2店を紹介する。
1軒目は2018年11月、丸の内の「東京会舘ビル」を含めた3棟のビルのリノベーションでできた、「丸の内二重橋スクエア」に入る「焼肉MARUGO(マルゴ)」だ。マルゴグループはビストロやイタリアン、「ジャズとワイン」「蕎麦とワイン」をコンセプトにしたバーなど、ワインを軸にした店を20店舗以上展開している。焼肉店は今回が初だ。
「焼肉屋さんがなんとなくワインも出している」のと異なり、ワイン在庫は約500本、スタッフもワインの知識が豊富で、フランス・イタリアから新世界ワインの米国・オーストラリア・チリまで、世界中のワインをグラスとボトルで提供する。
「サシの入ったカルビにはリッチなアルゼンチン産のシャルドネ」「赤身のカメノコ(モモの中心部)にはフレッシュでフルーティーなフランス産のピノ・ノワール(赤ワインの高級品種)」といったように、肉の部位や脂身の具合によって最適なワインを提案してくれる。
同店の客はビジネスパーソンが中心。「銘柄や産地などに詳しくはないが、ワインは好き」な人が大半で、マリアージュのアドバイスは好評だ。さらに同店がユニークなのは、ホルモンでワインを飲む「ホルマージュ」なる新しいキーワードを打ち出していることだ。
ホルモンとは牛や豚のロース、サーロイン、バラ、モモなどのメイン部位を取った後に残る、肉の副生物のこと。マルゴの経営会社のエリアマネージャー、中島大輔氏は、「レバー(肝臓)やハツ(心臓)、ミノ(牛の第1の胃)のような内臓を一般的にホルモンというが、当店では焼き肉で最初に食べるタン(舌)もホルモンとして、『ホルマージュ』の楽しみを提供しています」と話す。
ホルモンは部位ごとに脂の乗り方や食感に特徴があり、自分の好みのものが見つかるとクセになる。定番の「タン」(900円、税込み)をはじめ、「豚れば~」(650円、同)、「豚はつ」(600円、同)、「のどがしら(軟骨のような喉の部位)」(650円、同)、「シマチョウ(牛の大腸)」(750円、同)など10種類以上をそろえ、ワインとのホルマージュを提案している。
お薦めのホルマージュ3つを食べてみた。まずは「センマイ刺し」とイタリアのスプマンテ(発泡ワイン)のペアから。センマイは牛の第3の胃で特有の歯ごたえがある。ゴマ油のいい香りとコリコリの食感の後にシュワっとした泡ワインが流れると、なんとも爽やかだ。
次に「豚ハツ」とオーストリアの白。ハツは見た目はレバーと似ているが、独特のプリッと弾力のある肉質がおいしい。グリューナーフェルトリナーというフルーティーだがコショウのようなスパイス感もある白ワインが、コショウ入りの塩ダレで味付けした豚ハツとぴったり。最後に「ギアラ」(700円、同)とチリの赤ワインを味わう。ギアラは牛の第4の胃で、脂が乗り濃厚。渋みが少なくまろやかな、カルメネール品種の赤ワインとよく合った。
「丸の内かいわいの30~40代の会社員が中心で外食慣れしている層ですが、ホルモン未体験という方が意外に多く、ワインと一緒に注文されて『初めて食べたけれどおいしかった』とよく言われます。カウンターでお一人で毎回シマチョウとワインを楽しまれる、常連の女性もいらっしゃいます」(前出の中島氏)
2軒目は新宿駅西口からすぐ近くの「新宿 焼肉ブルズ」だ。牛を一頭買いで仕入れ、銘柄牛の「赤身」にこだわっているのが特徴。肉は脂身部分のジューシーさを「うまい」と感じがちだが、同店の焼き肉はさっぱりしてやわらかく、サシが入っていない部位も非常に味わい深い。
「脂身がなくても、牛肉ってこんなにおいしいんだ」と驚かされる。店長の山口篤史氏いわく、「ここの肉は赤身なのに脂が入っているよう。さっぱりしているのにおいしい」と週2~3回ペースで訪れる常連の50代女性もいるという。
同店ではこの赤身中心の焼き肉に合うワインを、米国やオーストラリア、チリなど南半球の産地を中心にボトル3000~4万5000円(グラスは500~1000円、税別)でそろえている。「うちの赤身肉にはカリフォルニアワインが合うのでお薦めしています。超高級銘柄のキスラーやケンゾー エステートも常備し、30代の若い男性の方がオーダーされることもあります」(山口氏)
また同店では「生ユッケ」(1500円、税別)、「牛肉寿司」(500円~各種、同)、「生うにとキャビアの和牛カルパッチョ」(3000円、同)など牛の生肉を使った料理も人気だ。
焼肉店で生肉を食べるというと、2011年の焼肉店での食中毒事故を思い出しちゅうちょする人もいるだろうが、同店は食品衛生法が定める生食用食肉の規格基準を満たし、新宿区管轄の保健所から「生食用食肉提供店」としての正式な認可を受けている。生肉だけを扱うスペースを別に設置するなどの細かい基準を守り、自主的に定期検査も行って万全な対策を取っている。生肉はトリミングして捨てる量も多く経費がかかり、小規模店では実施しにくいものだが、安全に提供するための努力がうかがえた。
生の牛肉とワインのマリアージュは格別だ。赤ワインで最もよく出るというカリフォルニア産の「カーニヴォ カベルネソーヴィニヨン」(グラス700円、ボトル4200円、税別)と合わせて食べてみた。同店が「エスプレッソのような濃厚さがあり肉専用のワイン」と説明する通り、ふくよかでパワフルな飲み口と、まったりした生肉の組み合わせには幸福感がこみ上げて来る。
さらに今年、焼肉店ながらイタリア人シェフを招請。ワインとのマリアージュを強化している。ユッケにマスカルポーネチーズや、バルサミコ、ウニを合わせたシェフの新作「ウニとトリュフのカルパッチョ」「サクランボカルパッチョ」(ともに1500円、同)はぜいたくな味わいだ。
ちなみにランチには大ヒットメニュー「特選和牛のローストビーフ丼」(100g・1200円、税込み/肉の量は200グラムまで選べる)がある。ユッケとローストビーフ、マッシュポテトをご飯で食べる丼で、SNS(交流サイト)の投稿から火が付き、地方からわざわざこれを求めて訪れる女性客も絶えない。ランチでもグラスワイン(赤・白・泡各500円、税込み)は注文できるので、生肉と赤ワインのマリアージュを体験したい人は、このローストビーフ丼から試してみては。
もともと相性の良い肉とワインのペアリング。新提案の「ホルモンとワイン」「赤身肉・生肉とワイン」は、斬新さはもちろん、恍惚(こうこつ)感で満たされるおいしさだった。またワインとのマリアージュ、というと飲み慣れない人は萎縮し、詳しい人は品種や産地など情報から入りがちだが「頭でっかちにならずに楽しめる」のも焼肉店でこそ味わえるマリアージュなのだと気づいた。この楽しさ、ワイン好きはぜひ体験してみてほしい。
(フードライター 浅野陽子)
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