組み合わせ77通り 好みの音作るイヤホン工作に挑戦
「年の差30」最新AV機器探訪
夏休みといえば思い出すのは「工作」という人も多いのではないか。今回取り上げるのは、分解してパーツを変えることで音を変えられるというイヤホン。実際にどんな作業を行うのか、昭和生まれのオーディオ評論家と平成生まれのライターが体験した。
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ヘッドホン・イヤホンブランド「final」を展開するS'NEXT(エスネクスト)は2018年11月、自分で音をチューニングできるイヤホン「MAKEシリーズ」を発売した。同社は以前から自分だけの音を見つけるためにイヤホン組み立て体験会を行っているが、MAKEは同じ楽しみを自分で体験できる製品だ。クラウドファンディングサイトMakuakeを活用し目標金額200万円でスタートしたところ、その約17倍となる3495万円の支援が集まったという。
自分だけの音が作れるイヤホン作りとはどんなものなのか。工作が苦手な平成世代のライターと、元測定器メーカーのエンジニアという経歴を持つ昭和世代のオーディオ・ビジュアル評論家が体験した。
手を動かせばオーディオが好きになる
小沼理(27歳のライター。以下、小沼) 今日はイヤホンを自作できるイベントを開催している、S'NEXTに来ています。工作教室なんて夏っぽいですね。
小原由夫(55歳のオーディオ・ビジュアル評論家。以下、小原) 小沼さん、図工は得意でしたか?
小沼 いえ、まったく駄目ですね……。イヤホンを作るって、どこから作るんだろう? かなり心配です。小原さんは最近、スピーカー作りにハマっているそうじゃないですか。
小原 犬小屋だったスペースを改造して工作部屋を作ったんです。最近は塗装にもこだわっているんですよ。写真、見ます?(※写真は記事末のプロフィル欄に掲載しています) まあ、今日は小沼さんのお手並み拝見というところですね。S'NEXTの細尾社長と平井さん、よろしくお願いします。
小沼 最初にS'NEXTがどんな会社なのかを教えていただけますか?
細尾満さん(S'NEXT代表取締役社長。以下、細尾) 「final」というイヤホン・ヘッドホンの自社ブランドの企画開発を中心に行っています。その他には音響のコンサルタント、他社ブランド向けの企画開発などですね。
小原 イヤホンの自作イベントを開催するようになったのはどういうきっかけだったのでしょう?
細尾 実際に手を動かしてみることで、オーディオを好きになってもらいたいという思いからです。1回作ってみて、面白いと感じたら記憶に残るじゃないですか。その体験があれば、いずれ良いイヤホンを買うこともあるかもしれないし、細くてもいいから長くオーディオを楽しんでもらえるんじゃないかと思っています。
小沼 いつ頃から開催しているのですか?
細尾 8年ほど前からです。finalショールームの他、ヨドバシカメラマルチメディアAkiba店などでもイベントを開催しています。多いときには2日で300人ほどの方が体験しにきたこともあります。
小沼 300人! すごいなあ……。ちなみに、みんなきちんとイヤホンを完成させられるんですか? 僕は工作が苦手で、ちゃんと音が出るのか心配なんですけど……。
細尾 心配ありませんよ。開催しているイヤホン製作イベントには小学生も参加するくらいですから。
好きな音を探す楽しさ
平井晃治さん(S'NEXT国内営業部。以下、平井) 今回お二人には、この「MAKE1」というイヤホンを使用してご体験いただきます。箱を開けてみてください。
小原 あれ、もう完成品のイヤホンが入っているじゃないですか。
平井 「MAKE1」はBA(バランスド・アーマチュア。プレーヤーからの電気信号を音に変換する装置)を3つ使ったイヤホンです。分解することができて、中のフィルターを取り換えることで自分好みの音を作れます。今日はそのフィルターを変えながら、音の変化を体感していただきます。
細尾 最初はもっと本格的にイヤホンを作るイベントだったのですが、難易度も高すぎたんです。ハンダごてをうまく使えない人も多くて。
小原 みんな、ラジオとか作ったことないのかなあ。
小沼 僕たちの世代は少ないと思いますよ(笑)。
細尾 試行錯誤を重ねる中で、イチから工作するより音の変化を実感できるほうが参加者も楽しめることがわかり、現在の方法に落ち着きました。
小原 なるほど、「工作の楽しさ」ではなく「好きな音を探す楽しさ」にフォーカスしたということですね。
イヤーピースを外してフィルターを交換
平井 作業をはじめる前に、イヤホンを箱から取り出して音楽を聴いてみてもらえますか?
小原 (音楽を聴きながら)現時点で十分良い音ですよ。
小沼 たしかにハイファイですね。しかもボディーがステンレスでかっこいいです。
平井 ありがとうございます。今聴いていただいた初期状態では「A-7」というフィルターを使っています。これを基本として、高域がよく聞こえるチューニング、低域がよく聞こえるチューニングをそれぞれ試してもらいます。
小原 チューニングはどうやるんですか?
平井 イヤーピースを外してみてください。「音導管」と呼ばれる管状の部分に、白いフィルターが貼られていますよね。このフィルターをピンセットで剥がして、別のフィルターを貼るのが一番基本的なチューニングのやり方です。
小沼 なかなかうまく剥がせない! イヤホンを傷付けてしまいそうです。
平井 フィルターは使い捨てなので、破ってしまってもいいですよ。剥がせたら、次は「A-5」のフィルターを貼ってみてください。フィルターの端をうまくつまんで、うまく乗ったら「アコースティック治具」という棒で軽く押さえます。これで完成です。
小沼 なんとかできました。運動したわけでもないのにすごくつかれた。
平井 では、さっきと聞き比べてみてください。
小沼 全然音が違いますね! さっきよりも透き通った音になりました。
小原 うん。明らかに音が伸びるようになりました。
フィルターによる音の変化を図で確認
平井 フィルターを変えることによる周波数の変化を記録した図がこちらです。
小原 なるほど、A-7からA-5に変えると4キロヘルツのところが5デシベルほど上がっているんですね。わかりやすい。
小沼 すみません、そもそも表の見方がわからないんですが。
小原 横軸は周波数。右に行くほど高い音になります。縦軸が音圧で、上にいくほど音が大きいと覚えてもらえれば大丈夫です。それを踏まえてグラフを見てください。
小沼 低域はあまり変化せず、中~高域が変化するんですね。「どこがどう変わったか」を理解しやすいのは面白いなあ。
平井 より直感的に理解してもらえるようにした図がこちらです。A-7とA-5を比べると、高域が多くなり、低音が少なくなっているということですね。
細尾 ちなみにこの図は平井が一つ一つ聴きながら作成しました。
小原 直線ではないところにこだわりを感じますね(笑)。
前の音に引っ張られることも
平井 今度は低域寄りのチューニングを試してもらいます。「A-8」のフィルターを使ってみてください。
小原 よし、できた。
小沼 早い! やっぱり日ごろ手先を動かしていると違いますね。
小原 オーディオ評論家兼イヤホン職人になろうかな。finalならぬ「start」ってブランドで。
小沼 小原さんなら本当にできそうだからなあ……っと、僕もできました! 聞いてみると、やっぱりA-8は低域が強いですね。
小原 うん。少しこもって聞こえますね。
平井 人の耳は直前に聴いた音に強く影響されます。高域寄りのA-5から一気に低域寄りに変えたので、余計に低域が強く聞こえるということもありますね。では最後に、もう一度A-7を聞いてみてもらえますか?
小原 すっきりした音で良いですね。これまで聴いた中ではA-7が一番好きだな。
小沼 たしかに、すごくクリアな音ですね。でも、はじめて聴いたときよりもさらにすっきりして聞こえるような……これが前の音に影響されているってこと? 混乱してきました……。
平井 ははは、でもよくあることですよ。私も会心の出来だと思ったイヤホンが、翌日出社して聴いてみたら全然良くなかったことがありました(笑)。イヤホンはしばらく使ってみないとわからないので、お客様にもそう説明しています。
「傾向」はあっても「優劣」はない
小原 「MAKE1」では他にどんなチューニングができるんですか?
平井 フィルターはもう1種類あって、音導管に専用のスポンジを詰めることで主に高域をチューニングできます。この2種類のフィルターの組み合わせで77通りの音が試せます。
小沼 ああ、どの音がいいか迷いそうだなあ。
平井 あと、難易度は上がりますが本体を分解して中を開け、ドライバーベントと呼ばれる空気穴にマスキングテープを貼る……という技もあります。こうすることで、音がよりタイトになります。
小原 分解ですか。聞くだけでワクワクしてきますね。
小沼 僕が分解したらもとに戻せなくなりそう。でも、これだけ多彩なチューニングができるならきっと自分好みのイヤホンが作れそうですね。
細尾 イヤホンは耳の形の個人差にも大きく左右されますし、好みも十人十色。傾向はあっても、優劣があまりないんです。ぜひ好きな音を見つけてみてほしいですね。
平井 「MAKE2」と「MAKE3」ではさらに変えられる箇所が増えるので、847通り以上の音が試せます。いろいろ変えてみてほしいですね。
小原 あれこれいじって好きな音を見つけるのは、オーディオの楽しみですからね。ここからオーディオにはまる人が増えてくれるといいなあ。
1964年生まれのオーディオ・ビジュアル評論家。理工系大学を卒業後、測定器メーカーのエンジニア、編集者を経て現職。自宅の30畳の視聴室に200インチのスクリーンを設置する一方で、6000枚以上のレコードを所持、アナログオーディオ再生にもこだわる。今、お気に入りのイヤホンはFitEarのカスタムIEM「FitEar DC」(記事「高音質で耳にも優しい オーダーメードイヤホンを作る」参照)
小沼理
1992年生まれのライター・編集者。最近はSpotifyのプレイリストで新しい音楽を探し、Apple Musicで気に入ったアーティストを聴く二刀流。今、お気に入りのイヤホンはAVIOT「TE-D01b」(記事「1万円台の完全無線イヤホン 新興ブランドも音侮れず」参照)
(文 小沼理=かみゆ、写真 大橋宏明)
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