社長も経験 リクルートの男性育休は平均10.8日
清水淳リクルートコミュニケーションズ社長(下)
リクルートコミュニケーションズは2016年に男性社員の育児休暇を必須化した制度を導入した。前回の「男性育休必須化から3年 リクルートの女性が変わった」では制度の狙いと導入後の状況について詳しく伺った。引き続き評価やキャリアへの影響、自身の育休体験、会社として今後の目指すところなどを清水淳社長に聞いた。
社長自身にも育児休暇の取得経験
白河桃子さん(以下敬称略) 制度導入後の男性社員のマインドはいかがでしょうか? 若手社員からよく聞かれるのは、「育休は取ってみたいけれど、キャリアに傷がつくのでは」という不安です……。
清水淳社長(以下敬称略) キャリアへの影響について実際どうなのかという検証については、制度開始からまだ年数がたっていませんので、はっきりとは申し上げられないのですが、実は私自身も15年前に育児のために1カ月間の休みを取った経験があるんです。
白河 社長が育休取得経験者であるということは、何よりも説得力がありますよね。そのご経験は、社内でも積極的に発信されているのですか?
清水 そうですね。自分の体験を語るとともに、「子育てに参加することでキャリアに傷がつくことはないですよ」というメッセージはこまめに言ってきました。
白河 しかし、15年前はまだ休める風土もなかったと思うのですが、通常の育児休業制度を使われたのでしょうか。
清水 いえ、当社にはもともと、3年に1度、4週間の休みが取れる「ステップ休暇」という制度がありまして。うちは夫婦共に実家が遠く、次女が産まれるタイミングでは長女が小学生でしたので里帰り出産も現実的でなく、私が子育ての担い手になる必要があったんです。
とはいえ、当時は制度を使う人もごく一部でほとんどが休暇消化の代わりに買い上げとして支給される30万円で「休みをとったつもり」にする社員がほとんど。休むとしても1週間未満のケースが大半でしたので、上司に「1カ月休ませてください」と相談したときは、「えー!」とのけぞられました。
白河 15年前といえば、リクルートはハードワークで有名な時代でしたよね。当時の役職は?
清水 リクルートの求人系の事業を統括する部門のマネジャーでした。ただ、なぜか「休むことがキャリアの足かせになる」という心配はあまりありませんでした。必要に迫られていたからでしょうね。
白河 一定期間、育児に深く関わったことで、ご自身に変化はありましたか。
清水 やはり感覚は相当変わったと思います。1番は日中の子どもの様子を見ることで、学校生活や友達関係についてリアルに感じ取れるコミュニケーションができたこと。それまでの働き方は本当にひどくて、月間労働時間は平均で250時間くらいだったと思います。土日もどちらかは出るというひどい状態で……。妻は専業主婦ですが、日々の負担も全然理解できていなかったと反省しましたね。産褥(さんじょく)期のつらさを間近で見たことも、その後の考え方に大きく影響したと思います。出産によって女性が受けるダメージは、1.5リットルのペットボトルを持つこともできないほどの大きさなのだと分かってからは、妻に代わって買い物も率先してやるようになりました。
白河 休みから復帰されてからの働き方にも変化が?
清水 それが申し訳ないことに、「午後6時には帰宅するようになりました」という変化は起こせませんでした。気持ちはそうしたくても、なかなか難しい。1カ月休む申請をするときも、上司があからさまに困っている反応を見て、つい「じゃあ、いいです」とか「2週間でもいいです」と言ってしまいそうになる自分がいました。そうなってしまうのはなぜか? と考えた結果、行き着いたのが「常識を変えなければダメだ」という結論だったんです。子育てのために休む男性が、「特殊な人」ではなく「普通の人」にならない限りは、この状況は変わらないだろうと思いました。
白河 その経験が、必須化の原点になっているのですね。
清水 ビジネスでもそうですが、「イノベーション」は何もゼロから新しいものが生まれるだけでなく、構造が逆転するだけでも起きるもの。「普通はこうなんだから」と惰性で回りながらも負を抱えているマーケットがあったとして、その回転方向を決めている制約条件さえ変えれば、逆回転が起きることはある。この常識を変えるという視点は、仕事上でもクセとして身についていました。
男性も「育児のために休むのが普通」となれば、迷わず休むでしょう。ですから、常識を変えるきっかけとして、男性育休の必須化を決めたことはやはりよかったと思います。
給与の年俸制が後押しする部分も
白河 やはり根本から常識を変えるようなパラダイムシフトを起こしたいときには、ある程度の強制力を持たせたほうが効果的なのですね。
清水 おっしゃるとおりです。そもそも、男性にとっては育休を取るメリットを感じにくい。育休中に支給される給付金も最初の半年間が給与の約7割、以降は5割と、収入が目減りするので、「そこまでして踏み込む必要はない」と考えるのが標準の姿だと思います。加えて、周りに「休むことは普通じゃない」という雰囲気があれば、一層取ろうとはしないでしょう。
白河 私も少子化対策や女性活躍に10年以上関わってきましたが、その間に起きた男性育休取得率の変化は2%台から6%台という微々たるもの。自由意思に任せる取り組みだけでは限界があると感じました。NPO法人ファザーリング・ジャパンの調査でも、男性育休を取りやすくなる条件のトップは「上司から取得を勧められること」でした。
清水 ただ、その上司からの働きかけが表面的なものにとどまると、いわゆる「名ばかり育休」になってしまいますね。「とりあえず、1日でも取らせればマル」という強制感だけが先行すると、苦痛に感じる人もたくさん出てくると思います。
白河 御社では、必須は5日間ですが、それ以上に休む方も増えてきていますか。
清水 平均10.8日ほどで、最近は20日間フルで休む人も1~2割にまで増えているようです。ここからさらにもう一段、根付いていくといいですね。
白河 男性が長めに育休を取ることを阻むのは、実は「嫁ブロック」ではないかという説もあるんです。つまり、「どうせ家にいても何もできないんだから、残業して稼いできてくれたほうがいい!」と。実際、月5万~6万円の残業代が生活給になっていて抜け出せない、という実態はあるようです。
清水 それでいうと、当社の場合は、完全に成果主義であり、社員の給与は年俸制で、働く時間の長短に限らず月額で支払われる金額が決まっているというベースも、後押しになっていると思います。役職も能力に応じた任用制度をとっていて、肩書が既得権益になりません。マネジャーになって1年後に外れて、また翌年にマネジャーに戻る、ということもよくあります。
白河 マネジャーも、役職についたり戻ったりという柔軟な制度だといいですね。期間としてのブランクがキャリアにさほど影響しない評価制度というのは、今後の働き方にも非常に重要だと思いました。実際のところ、男性育休を推進してきた3年間で、社員の皆さんのパフォーマンスに変化はありましたか。
清水 それがまったく落ちていません。むしろ時間あたりの生産性は上がっているくらいです。特に導入前に心配したのはリモートワークで、「業績が落ちたらすぐに中止する」と事前に決めるくらいの覚悟で始めたのですが、蓋を開けてみれば「リモートにしようがしまいが、成果を出す人は出す」ということが分かり、杞憂(きゆう)に終わりました。
一番良くないのは、手段が目的化してしまうことで、「目指せ! リモートワーク○%」と数値目標を設定するのは少し違うのではと思います。特に我々の社風は、目標指向性が高い集団ですので、数値目標を決められるとつい追いかけてしまうんです(笑)。
社員のモチベーションが上がった
白河 あくまでゴールは組織としての成長であって成果を上げることであると、見失わないことが大切なのですね。
清水 男性育休必須化をはじめ、常識を変えるという社を挙げての成功体験を共有できることは、社員一人ひとりの仕事姿勢をポジティブに変える効果もあると感じています。当社は、世の中にある負の課題を解消していくことにやりがいを見いだす社員が多いので、「世の中の課題解決につながる価値ある取り組みを会社がやろうとしているなら大歓迎」と賛同する声が集まりやすいんです。また、「会社がここまで常識を変えるチャレンジをするのなら、自分だってもっとチャレンジできる」という発想にもつながるでしょう。
白河 そのマインドの変化は、結果としても見えてきていますか?
清水 如実に表れているのが、年1回の全社表彰の件数が変わりました。私が着任した6年前は4件だったのに、18年は15件に。男女ともにモチベーションやパフォーマンスが上がっている証拠だと思っています。
白河 結果がついてくると、より一層、社員の皆さんも積極的に新制度を活用しようと思えますよね。
清水 最近は、社内の共有スケジュールに「今日はお迎え担当なので午後5時に帰ります」と書き込む男性社員も日常風景になじんでいるそうで、男女問わず、働きながら子どもを育てる生活を普通に捉えるようになってきています。「小学校受験をする社員たちの交流ランチ会」に父親が参加するケースも多いとかで。ちなみにこれも会社がランチ代を負担しています。
白河 ひと昔前は、「ワーママはお受験を諦めるしかない」というのが常識でしたが、夫婦でコミットするのなら「できそう」と思えるのかも。しかし、ここまで子育て社員に手厚いと、かえって不満の声は挙がらないのですか。例えば、シングルの方から「子どもがいる社員だけ20日も有給で休めていいよな」とか。
清水 ここ数年は、会社としてのウイークポイントだった女性活躍の部分を強化してきたという文脈は、社内に共有されていると思います。同時に、子育て支援策だけではなく、ミドルエージ層に向けたキャリア支援施策を企画していたり、介護の知識を身につけるための環境整備を進めていたりと、多角的なアプローチでダイバーシティー(多様性)を進めています。
白河 様々な年齢や性別の社員のキャリアを応援する仕組みをいくつも示しているということですね。女性社員の平均年齢も以前より上がっていることから、「これから先、この会社で活躍できそう」と前向きに将来を考えやすい会社へと進化しているのでしょうね。一連の取り組みは、リクルートのグループ内にも展開されているのですか。
清水 はい。グループ内の各社のダイバーシティー担当が連携して、事例紹介や制度の応用を進めたりしています。ただし、業態によっても働き方の事情が違うので、それぞれに合うものをチョイスして「いいものはすぐにまねる」という文化です。男性育休必須化については、グループ内の先進モデルとして参考にされているようです。
白河 これからも「常識を変える」新しい働き方のモデルを期待しています。ありがとうございました。
あとがき:男性育休義務化はなんのためにやるのか? それは「男性は、仕事を休んでまで子育てや配偶者の出産に関わるものではない」という「常識」を変えるためという明快な答えをいただきました。常識を変えたら、女性が働きやすくなり、男性の子育てに対するスタンスも変わりました。「女性活躍という言葉には違和感がある。女性はフェアに働きたいだけ」という野田聖子元女性活躍担当相の言葉が思い出されます。女性だけが「家事育児をする」という前提で「両立支援」をするのは、全くフェアネスではない。世界のジェンダー投資のスコアリング(企業の男女平等度をスコアリングする、機関投資家向けの非財務情報)の動向を見ると、評価されるのは「男女が平等か」という視点。その中に「男女ともに公平に育児休業が取れるか」というポイントも入っています。
少子化ジャーナリスト・作家。相模女子大客員教授。内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員。東京生まれ、慶応義塾大学卒。著書に「妊活バイブル」(共著)、「『産む』と『働く』の教科書」(共著)、「御社の働き方改革、ここが間違ってます!残業削減で伸びるすごい会社」(PHP新書)など。「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプラン講座」を大学等で行っている。最新刊は「ハラスメントの境界線」(中公新書ラクレ)。
(ライター 宮本恵理子)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。
関連企業・業界