飲み過ぎで体が心配な人 病院が「減酒」をサポート
酒量が多い左党の中には、「自分はアルコール依存症では…」あるいは「飲み過ぎで体が心配…」という人も少なくないだろう。だが、酒を断つのは難しい――。そんな人が実現したいと思っているのは、飲酒量を減らす「減酒」ではないだろうか。今、依存症治療において「減酒」が注目されている。2017年には久里浜医療センターが「減酒外来」を開始、さらに2019年3月には「減酒」をサポートしてくれるという新薬も登場した。酒ジャーナリストの葉石かおりが、久里浜医療センター院長の樋口進さんに減酒治療の現状を聞いた。
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「もしかして、自分はアルコール依存症なのではないか…?」
普段から酒量が多めの左党であれば、こんな不安を抱いたことが一度はあるはず。かくいう私も一人暮らしを始めたばかりの20代後半に、「このままいったら間違いなくアルコール依存症になる…」とおびえながらも、日常的に多量飲酒やブラックアウト(酩酊して記憶が消えてしまう状態)を繰り返していた。
肝機能、体力ともに衰えたアラフィフになった今はすっかり酒量も減り、そんな不安はないが、意外にも私の周囲にいる40~50代の左党たちは「アルコール依存症かも…」と不安を抱く人が少なくない。
酒販店に勤務する40代の知人は、二日酔いの翌日で調子が悪くても、「夜のとばりが下り、街にネオンが灯る頃になると、無意識にビールの缶をカシュッと開けている」という。そして飲み出すと調子が悪かったのも忘れ、再び泥酔し、二日酔いになるまで飲んでしまうことが多いのだそう。翌朝、就業時間に遅れたりすることはないが、得意先で「酒臭い」と嫌な顔をされることはしばしば。これまた得意先の親しい人から「アルコール依存症なんじゃないの?」とからかわれ、「襟を正さねば」と心では思っていても実行に移せていない。
また彼の場合、γ-GTPやALTといった肝機能の数値も芳しくなく、医師からも再三注意を受けている。しかし「一般の内科は受診できても、アルコール依存症の専門病院は怖くて受診できない」と話す。「久里浜医療センター[注1]に行ってみたら?」と言うと、「久里浜医療センターは"最後の砦"というイメージがある。今の自分の状態からして、絶対に『断酒』を勧められそうで…」と思い切り拒絶されてしまった。
[注1]アルコール依存症をはじめとした各種依存症の専門治療を中心とした病院(独立行政法人国立病院機構に所属)。1963年に日本で初めてアルコール依存症専門病棟を設立、アルコール問題に関わる医療で日本をリードする病院。2012年に、名称を「久里浜アルコール症センター」から現在の「久里浜医療センター」に変更。
確かに彼が言う通り、アルコール依存症という診断結果が出た途端、「二度と酒を飲めない(=断酒)」というイメージがある。『上を向いてアルコール』(ミシマ社)の著者で、自身もアルコール依存症を経験した小田嶋隆さんと対談した際(詳しくは「アルコール依存症の人は、自分が依存症と認めない」をご覧ください)に伺った「アルコール依存症の患者が酒をやめているのは、坂道でボールが止まっているような状態。再び飲み出すと坂道をボールが勢いよく転がるように、すぐに元の状態に戻ってしまう。だから二度と口にしない」というエピソードが、それを物語っている。
左党が断酒するのは、まさに断腸の思い。彼のように酒販店勤務ともなると、仕事にも影響が出ないとも限らない。しかしさまざまな不安を抱えたまま、このまま放置していると、いつか健康を害し、さらには社会的に四面楚歌になってしまうのではないかと心配している。
そんな思いを抱きながら迎えた今年の1月、お酒と健康に関するニュースをウォッチしている私は興味深い記事を目にした。それは、「減酒」の薬が日本で発売されるというものだ(※薬の発売は3月。こちらは3月の日本経済新聞の記事)。
健康を気にしながら飲んでいる人の多くが実現したいと思っているのが「減酒」だろう。断酒でなく、減酒であれば、敷居はグンと低くなる。とはいえ、言うはやすしで、なかなか実現できないのが減酒。正直なところ私は、「酒飲みは飲み出すと止まらないもの。特に依存症が疑われるようなレベルの人が減酒をするのはまず無理」とずっと思っていた。だからこそ、先ほどの小田嶋さんの話にも心底納得したものだ。
減酒といえば、これまで当コラムの取材で何度もお世話になっている久里浜医療センターが、酒量を減らすのが目的である「減酒外来」を2017年に開設している。院長の樋口進さんに取材した際、この減酒外来の話を聞いて以来、一度詳しい話を聞きたいと思っていた。そこで今回は、減酒治療について樋口さんに話を聞いた(※減酒薬については次回詳しく紹介します)。
依存症107万人のうち、治療を受けている人は5万人
まずは、アルコール依存症治療の最近の事情について話を聞いた。冒頭でも少し触れたが、依存症の疑いがある人が病院に行くと「断酒」を求められるという印象がある。アルコール依存症の治療と「減酒」は似ているようで、相反するように思うのだが、どのようにサポートしてくれるのだろうか。
樋口さんによると、やはり昔は、アルコール依存症の治療というと「断酒」という選択肢だけだったのだそうだ。しかし、それが"ある問題"を生じさせていたのだという。
「以前は、アルコール依存症の治療というと『断酒一辺倒』でした。もちろん依存症の治療目標は『完全に絶ち続けることが最も安全かつ最良』なのは間違いありませんが、断酒が前提という治療だと、治療を途中で断念(ドロップアウト)する人が後を絶たなかったのです。そして、断酒前提の治療が、(依存症治療を)受診する敷居を高くしていたのです」と樋口さんは話す。
「治療を必要としている人と実際に治療を受けた人の差を『治療ギャップ』と呼びますが、アルコール依存症においてはこの治療ギャップが非常に大きいのです。現在国内ではアルコール依存症が107万人いると推計されていますが(厚生労働省の2013年の推計)、実際に治療を受けている患者は約5万人と非常に少ないのです。この傾向は日本だけでなく世界的に見られます」(樋口さん)
確かに、アルコール依存症は、本人が依存症であることを認めないケースも多いと聞くし、治療に行けば"断酒が前提"になるといえば、「二度と酒が飲めなくなる」と二の足を踏んでしまう人も多いのはよく分かる。それでも、治療を受けている人が5%に満たないとは驚きである。
「この治療ギャップを埋める必要があります。しかし、前述のように、断酒一辺倒ではドロップアウトする人が出ても仕方なかったというのが現実でした。これを変えていかなくてはいけないということは昔から言われてきましたが、なかなか進みませんでした。また、久里浜医療センターなどで診ている患者の方は依存症の中でも重度の方が多いのですが、その一方で同じ依存症でも軽度の方がたくさんいます。ところが軽度の依存症の方は、依存症の治療のために病院に来ていないのです。こうした現実を変えていかなくてはなりません」と樋口さんは話す。
「その対策の1つに『減酒』というアプローチがあると考えたわけです。『減酒でもいいんですよ』という柔軟な対応が必要だと。2017年に久里浜医療センターで『減酒外来』を始めたのにはこうした背景がありました」(樋口さん)[注2]
実際、海外においては、欧州を中心に飲酒量低減を治療目標として認めている国も多いのだという。「ヨーロッパの場合、30カ国中26カ国が飲酒量低減を治療オプションとして認めています」(樋口さん)
なるほど、このように依存症の治療として減酒が認められるようになったのは、世界的な潮流なわけだ。日本でも樋口さんを中心にまとめられた2018年の依存症の診断治療ガイドライン[注3]では減酒という選択肢も推奨事項に追加されている。
[注2]なお、久里浜医療センターは、25年前に「プレアルコホリック外来」を開設しており、アルコールに関する問題はあるものの、酒量を自分でコントロールすることが可能な人(連続飲酒と離脱症状がない人)を対象に治療を行ってきた。ここでは、半年間、断酒に挑戦し、その後、本人に断酒か節酒にするかを決めてもらっていた。
[注3]「新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン」(2018年)では、重度のアルコール依存症の人だけでなく、軽度の依存症の人にも焦点を当てた内容に改訂。「アルコール依存症の治療目標は、原則的に断酒の達成とその継続である」としつつも、「飲酒量低減を目標として、うまくいかなければ断酒に切り替える方法もある」「軽度の依存症で明確な合併症を有しないケースでは、飲酒量低減も目標になりうる」として、減酒という選択肢が推奨事項に盛り込まれている。
久里浜医療センターの「減酒外来」とは?
次に、久里浜医療センターの減酒外来について詳しく話を聞いていこう。
「減酒外来とは、その名の通り『お酒を減らすため』の外来のことです。これは、アルコール依存症の人、そして依存症まで行かないけれど飲み過ぎが気になる人(酒乱などの何らかのアルコール問題を持っている人も含む)を対象にしています。最終目的は必ずしも断酒でなくてもよく、通院しながら減酒によって、さまざまな問題を解決することを目指していきます。そして、酒量については、本人と医師で相談して決めています」(樋口さん)
なるほど、酒乱など自分のお酒の飲み方に不安を感じている人も対象で、断酒が最終目的でないなら、受診しやすそうである。これは新しい! 「最後の砦」というイメージのある久里浜医療センターの敷居が一気に低くなりそうだ。
なお、アルコール依存症の中でも重症の人については、最終的な目標は断酒だが、本人が減酒を強く希望する場合は、中間目標として減酒をサポートする。減酒がうまくいかなかった場合は断酒に切り替える。
飲酒でトラブルを起こし、一生を棒に振る可能性も
少し話がそれるが、最近は、酒癖が悪い芸能人などが事件を起こし、ニュースで取り上げられる機会もよく目にする。読者の中にも、飲酒時にブラックアウトを起こして、そのときの記憶がない、などという経験がある人は少なくないだろう。こうしたときに、自分ではまったく覚えていないのに大きなトラブルを起こし、一生を棒に振る可能性だってあるのだ。詳しくは以前の記事(「原因は遺伝子? 酒乱になる人とならない人、何が違う」)でも紹介したように、私はかつて、酒乱に投げ飛ばされた経験があるが、私を投げ飛ばした当人は、翌日そのことをまったく覚えていなかった。
こうした"酒乱"の中には、そのリスクを理解し、「減酒」したいと真剣に思っている人もいる。こうした人の減酒をサポートしてくれる治療があるというのはとても意義があることだと思う。
樋口さんによると、実際に減酒外来で受診される方には、興味深い傾向があるという。
受診された人の8割は、何らかのアルコール問題を抱えてはいるが、アルコール依存症と診断されるレベルではなかったそうだ。「受診される方の大半は40~50代で、ほとんどの方が仕事をされていて、家族もいます。そして、大学卒以上が多くを占めるなど高学歴の方が多くいます。このように、通常の依存症の方と異なるプロフィールの方が受診されています」と樋口さんは話す。
そして、「減酒外来を受診される方は、本人が1人で来院されるケースがほとんどです。本人が自分の意志で、電話で予約していらっしゃいます。アルコール依存症の場合、自分が依存症だということを認識しておらず、家族に連れてこられる方がほとんどなので、この差は大きいです。自ら酒量を減らしたいというモチベーションがあるということですから」(樋口さん)
上のグラフは久里浜医療センターの減酒外来を受診した人に、受診した理由を聞いた結果だ。最も多いのがブラックアウト、それに暴言暴力も3番目に多い。「依存症でなくても、酔い方が悪くて、周りに迷惑をかけたり、大きな問題を起こすケースも少なくありません。普段はあまり飲まないけれど、飲むとひどい状況になるという人ですね。中には年に2回しか飲まないのに、飲むと飲酒運転をしてしまうという方もいました。こうした方が受診されるケースが多いです」(樋口さん)
このグラフを見ると、健康を気にして受診する人も多いことが分かる。確かにそれはそうだろう。アルコールの飲み過ぎは健康をむしばむことは言うまでもない。多量の飲酒は命に関わる問題でもある。
私の仕事関係者でアルコール依存症だった人は、自分では依存症という自覚はなく、彼の妻が病院へ連れて行き治療を受けていた。断酒のストレスに耐えられず、再び多量飲酒をしてしまい、帰らぬ人になってしまった。あのとき、もし減酒外来があったら、酒量をうまくコントロールして、今も元気にしていたかもしれない。
減酒外来の受診で、飲酒量は有意に減少した
では、減酒外来では具体的にどんな治療を行っていくのだろう? そして受診者の飲酒量はどうなったのだろうか。
「最初に家族構成、飲酒歴、また希望するお酒との付き合い方についての質問票に答えていただきます。血液検査、尿検査、骨密度検査をはじめとする身体的な検査も行います。本人の飲酒問題のレベルを判定した上で、今後のお酒との付き合い方を話し合っていきます。酒量は、先に述べたように本人と医師で相談して決めていただきます」(樋口さん)
健康面では適量(アルコール換算で1日20グラム)がベストなのは分かるが、これまでアルコールにして100グラム飲んでいた人が、いきなり20グラムにするのは難しいので、無理のない目標設定が基本となる。
減酒外来を半年間継続した患者の飲酒量の変化を見たところ、初診の3カ月後、6カ月後で飲酒量は有意に減少した。初診時は直近1週間の飲酒量は平均310グラム(アルコール量)だったものが、6カ月後には180グラム程度まで減っている。また、1日60グラム以上飲んだ大量飲酒の日数も有意に減少したという。
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現在、減酒外来は久里浜医療センターの他、茨城県の北茨城市民病院が開始するなど広がりを見せているものの、残念ながら「身近にある病院で気軽に受診する」という状況には程遠い。ただ樋口さんが言うように、今後、状況は変わっていくだろう。
WHOの2018年の報告によると、毎年300万人もの人がアルコールの有害な使用により亡くなっているという。これは世界の全死亡数の5.3%にあたる。この数パーセントにカウントされないためにも、減酒外来という選択肢があることを心に留めておいてほしい。
次回記事では、「飲酒量を低減する」という新薬について樋口さんに話を聞いていく。
(エッセイスト・酒ジャーナリスト 葉石かおり)
独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター院長。1979年東北大学医学部卒業。慶應義塾大学医学部精神神経科学教室に入局、1982年国立療養所久里浜病院(現・国立病院機構久里浜医療センター)勤務。1988年米国立衛生研究所(NIH)留学。1997年国立療養所久里浜病院に戻り2012年から現職。日本アルコール関連問題学会理事長、WHOアルコール関連問題研究・研修協力センター長、国際アルコール医学生物学会(ISBRA)前理事長。
[日経Gooday2019年6月6日付記事を再構成]
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