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難民となったIS戦闘員の妻と子 忠誠心の行く末は…

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/7/3

ビニール袋からパンを取り出す母親をじっと見つめる1歳のファティマちゃん。アルホル難民キャンプへ到着したばかりで、深刻な栄養不良状態に陥っていた。母親のミリアムさんは、ロシアのコーカサス出身(PHOTOGRAPH LYNSEY ADDARIO, NATIONAL GEOGRAPHIC)

フィンランド、ヘルシンキ出身のサナーさん(47歳)は、「初めて『カリフ国家』(ISが支配していた地域のこと)へやってきたときは、普通の暮らしをしていました。居心地もよかったです」と語る。「子どもたちは学校へ通い、普通に日常生活を送っていました。けれど1年半がたったころ、爆撃が始まり、全てが変わってしまいました」。ベールを着用しているため、外から見えるサナーさんの肌は、疲れ切ったガラス玉のような目の周りと荒れた手だけだ。4年前に、モロッコ人の夫とともにフィンランドを離れ、カリフ国家に移り住んだ。その間に、4番目の子を出産した。13歳の娘は既に結婚している。

「私の母に、赤十字か政府か、誰でもいいから連絡して、私たちをここから連れ出してと伝えたいです。フィンランドに戻りたい。もう4年半になります。4人の子どもを抱えて、今はここに来たことを後悔しています。ここはひどい場所です。もうこんなところにはいたくないけれど、過去を変えることはできません」

ミリアムさん(29歳)は、ロシアのコーカサス出身だ。3人の子どもたちはみなやせ細り、髪も薄くなっている。深刻な栄養不良の兆候だ。一番下のファティマちゃん(1歳)は、母親が支援団体から受け取ったばかりのパン切れをビニール袋から出すのをじっと見つめている。栄養不良のため泣くことも叫ぶことも、パンに手を伸ばすことすらできない。ISのバグズからやっとの思いで逃れてきた他の子どもたちも同様だ。

デリゾール県バグズでのIS崩壊が差し迫るなか、アルホル難民キャンプの受付で登録を待つ戦闘員の家族ら。その多くは、いまだにISへの忠誠心を捨てていない。2019年3月、キャンプの受付には数千人の女性と子どもたちが到着した(PHOTOGRAPH LYNSEY ADDARIO, NATIONAL GEOGRAPHIC)

戦争のさなかにいる子どもたちは、幼い頃からあまりに多くのことを強いられる。学校にも行けず、公園で遊ぶことも、社交性を学ぶこともできない。普通の子どものように笑ったり転げまわったりせず、明らかに心の傷を負った様子で、ただ疲れ切って無表情なまま座り込むだけだ。その姿は、無邪気な年ごろに、既にどれだけ凄惨な場面を目にしてきたかを物語っている。他人はそれを想像することしかできない。わずか7歳で、年下の兄弟の世話を強いられ、おむつを替え、泣く子をなだめ、危険から守る。彼らの子ども時代は奪われ、親が崇拝するシリアの土地に置き去りにされてしまったのだ。

バグズの外れで、2~3歳だろうか、シリア人の男の子に出会った。片眼に眼帯をして、母親にしがみついていた。親子は、他のIS支持者の集団とともにコンテナのようなトラックの荷台に座り、アルホルキャンプへ移送されるのを待っていた。母親によると、男の子の目は銃で撃たれたのだという。弾丸は、目を貫通して首の後ろへ抜けた。だが、母親はあまり多くを語ろうとはしなかった。息子は、この戦争による多数の負傷者のうちのひとりにすぎないのだ。

IS戦闘員の妻や子どもたちは、この先どうなるのだろうか。その多くは、何年にも及ぶ過激な洗脳によって正しい判断ができなくなっている。多くの国は、彼女たちの市民権を取り消し、帰国を認めないと表明している。国籍を失い、穏健なイスラム教の教えを受け入れる意思もない数万人の女性や子どもたちは、これまで以上に危険な存在になりつつあるようだ。

次ページでも、アダリオ氏が撮ったキャンプの人々の写真を紹介しよう。

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