川田裕美アナ 下手でも来た球は絶対によけない

日経エンタテインメント!

転機2:退社してフリーへ、活動の拠点を東京に

15年3月に読売テレビを退社。皆藤愛子・高見侑里ら多くの女性フリーアナウンサーが所属するセント・フォースに移籍。15年4月の特番から『1周回って知らない話』でアシスタントを務め、翌年9月から東京での初のレギュラー番組となる。

「せっかくフリーになるなら、まだ見たことがない場所で挑戦したいと思いました。厳しいだろうなと思いましたが…。

宮根さんに2回目に言ったときは、もう気持ちが固まったんだなと感じたのか、すんなりと『何でも相談に乗るから』と言ってくださいました。宮根さんからのアドバイスで『今までお世話になった方々を大事にしたほうがいいよ』と言われて、ここまで育ててくれた会社が一番感謝を伝えないといけない場所だったので、事務所探しとか次の番組探しではなく、時間をかけて社内の方々と話し、社長にも直接伝えました。

会社を辞める時点では、事務所など何も決まっていなかったので、自分でアナウンサー事務所を調べて、今の事務所の方々と会ったのが、退社する1カ月前で、ぎりぎりでした。普段から私は、遠い将来どうなるかはあまり考えないようにしています。先を決めすぎないほうが、柔軟に決断できる気がしますね。

フリーになって最初のうちは、大阪時代にお世話になっていた芸人のみなさんに助けていただきましたね。東京での最初のレギュラー番組『1周回って知らない話』で東野幸治さんとご一緒させていただきましたが、足を引っ張ってはいけないと不安になっている私を見て、『そんなに考えすぎず、もっと楽にやろう』と笑い飛ばしてくれました」

最近では、16年に『踊る!さんま御殿!!』などのバラエティ番組にゲスト出演した折に披露したスキップが「衝撃的に変」と注目を集め、『アメトーーク!』の「運動神経悪い芸人」でも活躍している。

「運動神経が悪いというマイナスの面を笑ってもらうことになるとは、人生って、本当に分からないですね。声をかけていただける層も今までとは変わって、最近は幼稚園や小学生くらいの子どもたちに、『スキップ、私はできるよ』と言われたりもします(笑)。

最近は、プライベートの時間も楽しめるようになりました。フリーになってパーソナルな部分を話す番組も増えていますし、SNSで趣味や好きなものについて発信するようになりました。昨年の10月には、『あんことわたし』(ぴあ)という初めてのエッセーを出させていただきました。あんこが大好きで、ゆであずきの缶詰を冷蔵庫に常備してるんですけど、宮根さんに指摘されるまで、変だと思ってませんでした(笑)。

人を傷つけることや家族が悲しむことはしないと決めていますが、それ以外は制限をかけずに、『アナウンサーだから、これはやらない』というような肩書にしばられることなく、これからも自分が興味があることにはなんでも挑戦したいと思ってます」

(ライター 高倉文紀)

[日経エンタテインメント! 2019年5月号の記事を再構成]

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