ファッションは性差を超える 展覧会で見る歴史と今

日経ナショナル ジオグラフィック社

ボストン美術館で、一般公開前の内覧会に参加した人(PHOTOGRAPH BY DINA LITOVSKY)

――展覧会では、川久保玲、イキレ・ジョーンズ、ジギー・スターダスト時代のデビッド・ボウイへ衣装を提供したフレディ・ブレッティなど、20世紀から21世紀のファッションに重点を置いています。その一方で、1930年の映画「モロッコ」でマレーネ・ディートリヒが着た燕尾服と山高帽の展示など、歴史的な背景にも触れていますね。

あの映画の監督を務めたジョセフ・フォン・スタンバーグは、この衣装をディートリヒに着せるために、映画スタジオとずいぶん争ったそうです。スタジオは、過激すぎると反対しました。ですが、映画で男装をやったのはディートリヒが初めてではありません。1910~20年代、サイレント映画では同じように、短い髪に少年のような服装の女優がたくさんいました。古いしきたりに挑戦する若い世代や、職場へ進出し、選挙権を獲得した女性たちの影響です。社会的・文化的変革に関係しているのです。

現状に挑戦したデザイナーやインフルエンサーたちの展示に見入る客(PHOTOGRAPH BY DINA LITOVSKY)

――ディートリヒの装いは、エロティックな雰囲気をまとっていました。「交際相手のTシャツや下着を着る女性には、何かとてつもない色気がある」といったのは、カルバン・クラインだったでしょうか。

女性が男の服を着ると、少しだけ罪を犯しているような気分になります。男装だが、女性の体の線に沿い、髪を整え、メイクをする。独特な色気を醸し出すように、両者がうまく融合されるのです。

――18世紀には、男性もヒールのある靴を履いていましたが、今の男性でハイヒールを履く人はまずいません。靴の歴史家エリザベス・センメルハック氏は、高さが優位性を意味するなら、なぜ男性はもっとハイヒールを履かないのかと言っていますが。

展覧会のインタラクティブ展示に参加したボストン在住のアレクサンドル・メイソン・シャーマさん(PHOTOGRAPH BY ALLY SCHMALING. MUSEUM OF FINE ARTS, BOSTON)

その通りです。ラッド・ハウラニは、男性用と女性用に同じハイヒールのブーツをデザインしています。かなり前に、コメディアンのエディ・イザードのライブを見に行ったのですが、彼はジーンズ姿にメイクを施し、ヒールの靴を履いて舞台に上がりました。あるインタビュアーに「エディ、なぜ女性の服を着るんだい?」と質問されて、「女性の服じゃない。僕の服だ」と答えていました。私の好きな言葉のひとつです。展覧会の開会式には、たくさんの男性がヒールを履いてやってくると思います。

――会場に展示されている歴史年表には、ジャンヌ・ダルクについての言及があります。彼女の男装は当時ひどく非難され、異端審問にかけられた際にも問題にされ、1431年の処刑に至りました。

異端審問でジャンヌ・ダルクは、「女性の服を着ていたときには、ひどい扱いをたくさん受けました」と答えています。その言葉を読んだとき、彼女の服を見る目が変わりました。確かに、男装は彼女の身を守るために非常に重要だったのです。

――俳優のビリー・ポーターは、2019年のアカデミー賞授賞式にタキシードドレスを着て登場しました。大衆誌「The New Yorker」は、「まるでブランデー片手に葉巻を吸っているような胴部、そしてゴシック・ビクトリア朝の戴冠式にそのまま着ていけそうなスカート」と批評しています。

インタラクティブ展示に参加したボストン在住のマヤ・スプラトリングさん(PHOTOGRAPH BY ALLY SCHMALING. MUSEUM OF FINE ARTS, BOSTON)

あのドレスをデザインしたクリスチャン・シリアーノは、ここで展示しているジャネル・モネイのドレスも手がけています。ポーターは、これまでも服を通して境界線を押し広げてきました。「僕の目的は、表へ出るたびに歩く政治的芸術作品になること」と、彼はファッション誌「Vogue」に書いています。「期待を裏切ること。男らしさとは何か。それは何を意味するのか」。これがニュースになる価値があるということ自体が、私には驚きです。もうそんな部分は乗り越えたと思いたいのですが。でも、そうではない。男性がスカートをはくということに対する固定観念は根深いものがあります。でも、女性のズボン姿のほうが男性のスカート姿よりも歴史はずっと長いです。10年後、どうなっているのかが楽しみです。

――あなたのクローゼットには、何か異性装の服はありますか。

テーラードスーツをたくさん持っています。性的に中立な服を売る店として早くから実店舗を展開しているフルイッド・プロジェクトが、美術館でポップアップ・ショップを出店します。ニューヨークの店へ行ったとき、「Gender Bender」と書かれたTシャツと、スパンコールのついたユニセックスのロングスカートを購入しました。開会式には、夫にスカートをはかせようと思っているんです。

――ボストン美術館の解説員長であるアダム・テシェール氏は、対話の終わりを象徴する展覧会が多いなか、この展覧会は始まりになるだろうと述べています。その対話が起ころうとしている兆しはあるのでしょうか。

展覧会が一般公開される前、私の同僚が連れてきたある若いLBGTQの人が、こう言っていました。「ようやく私も、人に見てもらえたような気がする」と。

次ページでも、異性装展に足を運んだ人々と、ファッションを楽しむ姿を紹介しよう。

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