日経Gooday

今までは、ずっと理性で考えて「頑張らなければ」と踏ん張ってきた。しかし、気持ちがネガティブになっていると、いくら理性で前を向こうとしても、必ずブレーキがかかるのです。心は、すごい力を水面下に秘めています。すごい引き潮の中にいるのに、気づかずに浜辺に向かって泳ごうとしている状況にあるのが、その人です。一生懸命泳いでいるのに、どんどん後退していく。

だから、「離れる」「寝る」「食べる」によって、心の傷から距離をとる。「フラットに、潮目をもう一回見てみましょう」「問題を見るのは、元気になってからですよ」とお話しします。

誰かに寄り添ってもらうことで「動けそう」な気になる

編集部:その人から距離をとることが大切なことは分かります。離れて、眠って、食べれば、疲れもとれて体の調子もある程度回復すると思いますが、気持ちも変わってくるのでしょうか。

下園さん:変わってきます。「ああ、引き潮なのに、いくら泳ごうとしても無理だったよな」というふうに、状況を俯瞰(ふかん)できるようになってきます。理性では、ひたすら「陸地まではこれだけの距離なんだから行けるはず」と思っていた。しかし、「案外、陸地は遠かったな」と分かるのです。自分がいかに、難しい課題に直面していたのかが分かる。苦しかったんだと認められる。これが大切です。

そうすると少し冷静になり、立ち泳ぎで周囲を見渡すと、案外横に近い岸を見つけることができたり、岸の方ではなく、流れを横切る方に泳いだりする方法も見えてきます。

編集部:優先順位の最初にある「距離をとる」ですが、苦しみの対象が職場に存在する場合、なかなか難しいケースもあると思います。組織の中では、別の場所(部署)に異動するのは難しいというとき、「距離をとる」ということは、会社を休む、もしくは辞める、ということになるのではないでしょうか。

下園さん:おっしゃるとおり、難しいことです。ただ、いったん会社をお休みする、というのは、環境から離れるという意味でとても重要な場合があります。

ここで一つ問題なのが、うつ状態になっていると、「休んだりしたら、人生終わりだ」と思ってしまうことです。冒頭でお話ししたように、自責感が高まっていますから、「周囲に迷惑をかけてしまうから休めない」「もう元のように働けなくなってしまう」という気持ちが強くなる。こういうときにこそ、カウンセラーがそばにいることが大切です。

マラソンをして飛ばしすぎて道に倒れてしまったら、引き起こしてあげる。溺れている人に浮き輪を差し出す。これが、カウンセラーの役割です。ちょっと息をつかせて、感情の勢いを少しだけ落として、事態を少しだけ冷静に見られるようにする。「僕も一緒に対処するからね」、それが、「その人の味方になる」という支援なのです。

1人だけで闘うのは大変です。1人だけで問題に対応しようとすると難しいのですが、2人で考えると、ちょうどいいのです。2人で「これ、難しいね~」とあれこれ話しているだけでも、ちょっと浮き上がることができます。

イメージで言うなら、コップにあふれそうな、表面張力“いっぱいいっぱい”の水が入っている。それを持って身動きできなくなっている人がいるとします。少しでも動いたら、水がこぼれてしまうから、一歩も動けない。

でも、「これ、1cmぶんだけ水を吸って飲んだら、動けるよね」という状況に持っていくのが、心の傷にアプローチする糸口になります。問題はまったく解決していなくても、状況は動かなくても、本人が少しだけ動けるような気持ちになったら、そのときに「まず3日間休んでみよう」とか、「別の会社で勤めるという選択肢も考えてみよう」という展開が見えてきます。

ストレス源から離れるのは敗北ではなく、前向きな選択

編集部:著書の中には、12のパターンの「一見、いい人」の事例があり、それぞれの処方箋と殺し文句(その人に返すフレーズ)も提案されていますね。

例えば、「正論しか通じない熱血ポジティブ上司」に対しては、「私は私のペースで生きることに決めました」と返す。また、「困難は成長のチャンス、とばかりにコーチングしてくる上司」に対しては、「今は成長よりも、ペースをゆるめてみたいと思うんです」と返すというように。具体的な視点の切り替え方や台詞(せりふ)があるので、分かりやすいですね。自分も、いざというときには試してみようと思いました。

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必死に生きているうちに、気づかず誰かに迷惑をかけて