糸井重里 友人・みうらじゅんから届いた涙の恩返し編集委員 小林明

みうらじゅんさんとの出会い、あえて破門した理由などについて懐かしそうに語る糸井重里さん

漫画家やミュージシャン、エッセイストなどとして活躍してきたみうらじゅんさん(61)が「生涯の師匠」「唯一の上司」と尊敬しているのが、コピーライターでほぼ日社長の糸井重里さん(70)。武蔵野美大の学生だったみうらさんが糸井さんの事務所に出入りするようになって以来、糸井さんは優しく、厳しくみうらさんの活躍を見守り続けてきた。みうらさんの成長を願い、時には破門を冷たく言い渡したこともあるそうだ。

そんな糸井さんにとってみうらさんはどんな存在であり、どんな思いで付き合いを続けてきたのか? みうらさんが糸井さんについて語った前回(みうらじゅん 師匠・糸井重里さんからの破門で見えた道)に続き、今回は糸井さんがみうらさんについて語るインタビューを掲載する。

「弟子」でなく「友人」、才能は最初から認めていた

――「師匠」の糸井さんにとってみうらさんはどんな「弟子」でしたか。

糸井重里 1948年群馬県生まれ。法政大学中退。コピーライターとして「おいしい生活。」など多くのヒット作を手がける。エッセー、作詞、ゲーム制作などでも活躍。98年に創刊したウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」の運営会社「ほぼ日」を2017年に東証ジャスダックに上場した

「みうらは僕のことを『師匠』と呼んでくれているようだけど、僕がみうらを『弟子』だと思ったことは一度もありません。あえて言えば、僕にとっての『友人』、『年下の友人』でしょうか……。たとえば僕は以前、コピーライターの仕事で、自分とアシスタントの作品を比べて良い方をクライアントに出すというやり方をしていました。アシスタントの作品でまだ背丈が足りないなと思ったものは僕の判断でボツにしていた。その場合、アシスタントは僕の『弟子』ですよね。でも同じことを僕はみうらにはできない。つまり、彼の才能は最初から認めているつもりです」

――みうらさんに出会ったきっかけは。

「同じ武蔵美でみうらの親友だった石井君を、僕のアシスタントとしてたまたま雇うことになったのがきっかけです。僕の講演会の質疑応答でトンチンカンなプロレスの質問をしてきたのが石井君で、その笑顔がすごく良かったから。前のアシスタントが辞め、ちょうど事務所で無駄話をする相手が必要だったので声をかけました。その石井君から『みうらという面白いヤツがいる』という話はよく聞いていました。それで『今度遊びに来たいらしい』と言うので『いいよ』と答えたら、みうらも事務所に出入りするようになったんです」

――どんな印象でしたか。

「みうらも石井君によく似ていて、肩まで伸びた無精なロン毛。やることもいい感じにダサいんです。2人とも京都出身で仲もすごく良かった。だから『ああ、同じ羽の色の鳥は集まるんだ。友情って、いいなあ』なんて思いで見てました。みうらは石井君には『俺はスーパースターになる』とも語っていたそうです」

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