終着地はチェルノブイリ 30年家系探ったユダヤ教徒

日経ナショナル ジオグラフィック社

イッツ・トワーズキー氏は、チェルノブイリでハシディズム運動を開始したレベ・メナヘム・ナホム・トワーズキーの直系の子孫。系図の調査に数十年を費やした後、ルーツであるチェルノブイリを訪れた。チェルノブイリの入り口にある記念碑の前で(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
シナゴーグだった建物の前で、ラビ・シルキス・レイベルに古い写真を見せるイッツ・トワーズキー氏。ラビ・レイベルは1980年代、トワーズキー氏の祖先の墓を探す手助けを行った(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
レベ・メナヘム・ナホム・トワーズキーの墓で祈りをささげるハシディズムのユダヤ人たち。この墓があるのはチェルノブイリの避難区域内、学校だった建物の近くだ。ソビエト連邦時代、ユダヤ人の墓地の上に学校が建設された(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
ハシディズム創始者の弟子としてチェルノブイリで運動を開始したグランド・レベ・メナヘム・ナホム・トワーズキーの墓の前で祈りをささげる男性(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
チェルノブイリを訪れ、レベ・メナヘム・ナホム・トワーズキーの墓で歌を歌い、ろうそくをともし、賛美の詩を朗読する巡礼者たち(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
レーニン像とハウス・オブ・カルチャー。ソビエト連邦時代、ユダヤ人コミュニティーの居住地だった場所にレーニン像が建てられた(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
チェルノブイリのひとけのない道を散策する。原子力発電所事故後、数万人が家を捨てて避難した(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
避難区域内の廃墟となった家の中を探索するユダヤ教徒。写真家のピエルパオロ・ミッティカ氏は2002年から、チェルノブイリの知られざる物語を記録し続けている(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
廃墟となったシナゴーグの壁に光を当てて調べる(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
長旅の末、チェルノブイリにたどり着き、かつてのシナゴーグの年季の入った壁に名前を書く巡礼者たち(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
遺跡巡りを終え、帰路に就く人々(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)

(文 CHRISTINE BLAU、写真 PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2019年3月24日付記事を再構成]