あのヒットCMも 中島信也氏が振り返る、平成の広告

日経エンタテインメント!

「次に注目を集めたのが、アートディレクターです。もともとグラフィックの彼らと映像の僕らは住む世界が違っていたんですが、デジタル技術を使って、目の前で画面を構成できるようになってから、アートディレクターがCMに入り込んできた。そうして博報堂にいた大貫卓也さん(代表作・資生堂TSUBAKI)と私で作ったのが、日清食品カップヌードル『hungry?』です。あれは大貫さんがポスターを作るように画面を作り、僕が原始人やマンモスに演技を付けて走らせる、というやり方で作ったもの。大貫さんの後輩・佐藤可士和さん(代表作・ユニクロ)も、ポスターを持ってきて『これを動かしたい』というやり方でしたね。そうやって作ったのが『ステップワゴン』のCMでした。

そんな平成一桁代はバブルが崩壊しても広告には元気があって、まだヘンなものを作っていましたね。それこそシュワちゃんが『ダイジョウブイ!』と言ったり、原始人がマンモスを追いかけたり(笑)。海外ロケにもよく行きましたし、外タレに何億と払ってCMを撮る機会も多かったです。そういう仕事が平成10年代に入ると消え、リーマンショックが起きてからは、さらに広告主さんが財布のひもを締めるようになりました。お金のかかるテレビと距離を取り始め、注目したのがネット広告です。平成10年代にはパソコンでウェブ動画も見られるようになりましたから、みんな飛びつきましたよね」

やんちゃしてもいいんじゃない?

「そして平成20年代になると、ビッグデータの時代に突入します。コンビニのPOSデータが瞬間的に広告主さんに届くようになり、そのデータに基づいて消費行動を解析する。それによってCMには、データに裏打ちされた、効率良く人々を購買に導くような表現が求められるようになりました。つまり、『突拍子もない表現はしなくていいから、もっと人々の身近な世界を舞台に、商品のことがよく伝わるものを作って』という流れになったんです。でも広告って、それだけだと目立ちませんよね?

そこをうまくやって平成の最後を飾ったのが、auの三太郎じゃないでしょうか。昔話の英雄が友達だったという今まで見たことのないようなフレームなんだけど、中で行われていることはリアル。友達同士で遊んでいて、決して鬼退治はしない(笑)。その感じが若者たちにとって、ものすごくリアリティーがあったんじゃないかなと。ソフトバンクの白戸家もそうですよね。突拍子もないのは犬がしゃべることぐらいで、あとはすごく身近な、共感を持てるコミュニケーションになっている。

そんな身近で共感性のあるCMがトレンドだとしたら、そこに飽き始めているのが、平成の終わりやと思いますね。新元号の新しい時代が来て、オリンピックも万博もやる。広告ももうちょっと元気に、もうちょっとやんちゃしてもいいんじゃない? という空気が、広告主さんにも広告の作り手にも生まれ始めている気がします」

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