1日60人 国籍無いまま生まれるロヒンギャ難民の子
バングラデシュにある世界最大規模の難民キャンプ。多いときで日に60人もの赤ちゃんが誕生するという。2017年2月、この地を訪れたバングラデシュ人の写真家トゥルジョイ・チョードリ氏の写真とともに、当時の状況を振り返ってみよう。
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チョードリ氏がキャンプを歩いていると、小屋の中から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。中にいたのは、赤い毛布にくるまれた生後1日のロヒンギャの女の子だ。母親は子どもを毛布から出して撮影させてくれた。
チョードリ氏は、どこかで見たインスタグラム写真のように、赤ちゃんを真上から撮ることにした。難民としてではなく、普通の赤ちゃんとして撮影するためだ。「その無邪気な目を見た瞬間、『いったい何が起こっているのか』と思いました。この子は、政治とは何の関係もないのです」とチョードリ氏は話す。
写真が撮影されたのは、バングラデシュのコックス・バザール難民キャンプ。ここには、ミャンマーから逃れてきた少数民族ロヒンギャの人々が大量に暮らす。そして、ここで生まれたロヒンギャの赤ん坊は、バングラデシュ人ともミャンマー人とも見なされない宙に浮いた状態から人生を始めることになる。どちらの国もロヒンギャを自国民と認めていないため、チョードリが見かけた赤ちゃんも、この難民キャンプで毎日60人ほど誕生している無国籍者の1人となる。
ロヒンギャの人々は数十年にわたって隣国ミャンマーで迫害を受けてきた。15世紀からそこに住んでいると主張しているにもかかわらず、ミャンマーでは市民権もはく奪され、不法滞在者と見なされる。1982年、ミャンマーは国が認める135の民族からロヒンギャを排除するという法律を制定し、出生時から市民権をはく奪したのだ。
2017年8月、この少数民族に対する軍事作戦が大規模な難民危機に発展した。それ以来、73万6000人を超えるロヒンギャがバングラデシュに逃げ込んだが、そこでも正式な難民とは扱われていない。移動は制限され、教育や公的サービスも受けられず、市民権も得ることができない。
最初の写真を撮ってからも、チョードリ氏は混雑したキャンプで赤ちゃんを探しては、「Born Refugee」(生まれながらの難民)と名づけたプロジェクトの撮影を続けている。
「人々は、かけがえのない命が生まれてきているのだと認識し始めています。だから、私を赤ちゃんのもとに連れて行ってくれるのです」とチョードリ氏は話す。そうして20人近くの写真を撮影した。そのほとんどはまだ名前がなく、尋ねたその場で名前がつけられたこともあった。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、コックス・バザールで暮らしている50万人の子どものうち、3万人が1歳に満たない。ユニセフ(国連児童基金)の広報を務めるカレン・レイディ氏は、「国籍がないため、ロヒンギャの子どもたちの未来には暗い影がさしています」と言う。彼らは、正式な教育からも、労働市場からも切り離される可能性が高い。「国籍のない子どもは、一生差別される可能性もあります」
UNHCRは、世界中で国籍がない人が少なくとも1200万人いるとしているが、特に中国などの地域では、データに不備がある。無国籍問題に取り組む団体「Institute on Statelessness and Inclusion」の共同責任者であるアマル・デ・チケラ氏は、米国からバングラデシュの難民キャンプに至るまで、世界中で外国人を排斥する気運が高まっていると言う。無国籍者の増加はその影響かもしれない。市民権のない難民となれば、問題はさらに深刻だ。
「ロヒンギャという民族はその歴史上つねに迫害され続け、どの国からも認められない状況にまでなってしまいました」とデ・チケラ氏は話す。「その影響の一つに、普通の難民支援策が利用できないことがあります。国がなければ、母国に無事に送り届けるだけでは不十分です。帰る国が必要なのです」
民族紛争にばかり目を奪われているが、その巻き添えとして被害を受けているのは、国がない状態で生まれた子どもたち一人ひとりだ。チョードリ氏はそう考えている。「いつも心に浮かぶのは、ジョン・レノンの『イマジン』です。国境のない世界。それがこのプロジェクトのすべてです」
次ページでも、チョードリ氏が撮影した母と子の写真を紹介したい。
(文 NINA STROCHLIC、写真 TURJOY CHOWDHURY、訳 鈴木和博、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2019年1月10日付記事を再構成]
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