エースドライバーの思い ソーラーカー世界一への道
目指せソーラーカー世界一(8)

工学院大学ソーラーチームにてエースドライバーを務める石川はるかです。2018年5月から始まったこの連載も、今回が最終章です。最終章では、私が学生生活をかけて取り組んできたソーラーチームでの日々を振り返りつつ、残る後輩たちへ、今年開催される世界大会に向けて応援メッセージを送ります!
私の原動力
両親の影響もあり、幼少期からモータースポーツが大好きでした。とはいえ、ソーラーカーを始めるまで自分がレースに出場するとは夢にも思っていませんでした。車の運転が好きだということを濱根監督に話したら「ドライバーをやってみないか」と機会をいただき、レースドライバーの世界へと足を踏み入れました。それから、ソーラーカーの基本とドライバーとしての運転技術、チームワーク、様々なことを必死で覚えました。
16年8月、ついに工学院大学ソーラーチームのドライバーとしてのデビュー戦がやってきました。秋田県で開催された国内最長のレースである、ワールドグリーンチャレンジです。このレースで私はいきなりエースドライバーを任されました。最高速は時速90キロほど、1周回あたり6つの加減速エリアがあり、高速走行から時速15キロまでスピードを一気に落とします。ハンドリングだけではなく、ラップタイムを崩さず、いかに加速と回生ブレーキをうまく使うかがドライバーの命題です。

初めてのレース経験とその緊張感はいまでもハッキリ覚えています。スタート直前まで何度もイメージトレーニングをして乗り越えてきました。
この年、大会は24年目を迎え、のべ1035台のソーラーカーが競い合いました。私たち工学院大学ソーラーチームは大会記録をたたき出し、見事に総合優勝しました。個人の記録でも、デビュー戦としては最高の滑り出しとなるチームドライバーの中で最多周回数を走行して、エースドライバーとしての役目を務めあげました。初めてレースカーに乗り、チームを優勝に導けたことを心からうれしく思いました。あの時、私にチャンスを与えていただいた監督、チームメンバーには今でも本当に感謝しています。なによりも、表彰台にたつ喜び、達成感は今でも忘れられません。
レースに挑戦していると逃げ出したくなるような困難にぶつかることもあります。しかし、達成したときの喜び、そして一緒に戦うメンバーや応援してくださる方々からの期待が私の原動力になっています。


チームで活動していると、さまざまなスポンサー様から貴重な経験のできる機会をいただくことがあります。学生時代に、企業様と「技術」を含めたやりとりができる機会はめったにありません。

私は、F1やSuperGTなどモータースポーツの観戦が趣味なのですが、チームにタイヤを供給していただいているブリヂストン様からSuperGTのピットに招いていただき、プロの現場を生で勉強した経験は、今でも心に残っています。テレビからでは分からない臨場感と緊迫感がとても印象的でした。自らの仕事を着実にこなすチームメンバーからドライバーを任されている責任は、とても大きいことを学びました。プロとして取り組む姿勢を経験することで、ドライバーの役割を改めて理解し、チームの意向をドライビングに生かすきっかけになりました。
工学院大学ソーラーチームは、300人を超える学生が所属し、大学全体からも支援を受けている大きなチームです。ドライバーになるチャンス、プロの現場を経験するチャンス……きちんと今の自分や周りの状況を見ていれば、きっとチャンスは色々なところに転がっています。でも、そのチャンスに気づき、手に入れて経験に変えるには、一歩踏み出す勇気が必要だと思います。私はその勇気を、チームでの活動を通して学びました。
ついに世界大会
16年国内大会での優勝経験から約1年後、17年10月にはオーストラリアが舞台となる世界最高峰のソーラーカーレース「ブリヂストンワールドソーラーチャレンジ」にも出場しました。
レース開始3週間前に現地に入り、大会のコース下見を兼ねて3021キロというオーストラリア大陸縦断の長距離をゴールからスタートに向かって逆走し、車体のセッティング、試走、体調管理をなどの入念な準備をしていきます。

この大会に向けて、チームは1年以上かけて、車体製作、スポンサー集め、資金獲得など様々な用意をしてきました。すべてはこの大会に出場し、優勝するためです。その準備も佳境に入り、必ず優勝して日本に帰るという堅い決意でチームメンバーは日々の作業に取り組んでいました。私は全員が目指してきた世界大会でのドライバーという重大な役割を与えられ、チームメンバーには明かせない不安とプレッシャーで押しつぶされそうな日々を過ごしていました。
そしてついに、レースをスタートする日が来ました。レース直前の出発地点には母校である工学院大学付属中学校・高等学校の先生方が来られ、後輩たちの応援メッセージが入った色紙をもらい、気持ちがこみ上げてきました。さらに、インタビューを受けたり、車体の最終確認を行ったり、気持ちを落ち着かせる間もなくあわただしい中、レースはスタートを迎えました。
レース中は毎日のようにアクシデントがありました。車体トラブルで停車し、悪天候で頭を悩ませたり、ペナルティーを受けたり、毎日がドラマのような場面の連続でした。プレッシャーにおしつぶされそうになりながらも、チームメンバーや遠く日本で応援してくださる方々の期待、そしてここで諦めたらあの達成感は味わえないという思いが私の原動力となり、アクセルを踏み続けました。そして、私たちチームは無事完走し、7位でゴールしました。
優勝はできませんでしたが、様々なアクシデントを乗り越えたチームメンバーだったからこそ、苦しい戦いの中諦めずレースを戦うことができました。
私のラストラン
この春、私は大学を卒業します。「工学院大学ソーラーチームとして参加できるレースのラストランを優勝で終わりたい! そして連覇をしたい!」。そんな想いを胸に、18年8月に、チーム卒業の舞台となるワールドグリーンチャレンジに2度目のエースドライバーとして参戦しました。16年のこの大会で経験したデビュー戦での優勝を思い出し、最後のレースに臨みました。
結果は……総合優勝で連覇達成! 悪天候の影響が大きく、大会記録は更新することはできなかったものの、もう一度、表彰台のセンターに立つことができたのです。表彰台は感慨深いものでした。現役を退く身として、名残惜しい気持ちと、次の世界大会で後輩が活躍してほしい想いと、ドライバーとして私を信じてくれたチームメンバーに感謝の気持ちでいっぱいでした。


レースは決して順調にいきません。そんな中で、ミスをいかになくすかが勝敗につながります。レース中は緊張感で押しつぶされます。でも、レースが終わると、あのときの緊張感はどこかに消え去り、またその緊張感を味わいたくなります。ゴールしたときの喜びと達成感は、学生時代の最高の瞬間です。レースの世界に入り、本当に良かったと思います。
後輩へ

今年、チームは記念すべき設立10周年を迎えました。後輩のみんなは、10月からオーストラリアで開催される世界大会に向けて、日々、新車の製造に打ち込んでいます。次こそはぜひ優勝してほしいと願っています。
そして私は4月から新しい環境での生活がスタートします。夢だった自動車メーカーに入社し社会人として、これまでのレースドライバーから、自動車を製造する側のプロとしてのチャレンジが始まります。本当はオーストラリアに行き、レースに参加したいのですが、日本からみんなを応援したいと思います。
次の世界大会でも必ず色々なドラマがあるはずです。私はその全てを日本から見守りたいと思っています。夢を諦めずかなえられたことも、このチームでの経験があったからこそ。後輩のみんなにもこの経験を楽しんでもらいたいです。
全8回の連載を続けてきた工学院大学ソーラーチームの記事は、これで終了になります。連載記事を読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。私たちの活動と、チームの想いは皆さんに届いたでしょうか?
この続きは、ソーラーチーム特設サイトやFacebookページでぜひチェックしてみてください!
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