水辺に浮かぶ家々 色彩豊かなベトナム移民の暮らし
「私には生まれ育った家というものがありません」と話す写真家アリーナ・フェドレンコ氏は、自らも複雑なルーツをもつ。その氏が撮影したのが、カンボジアのトンレサップ湖とそこから流れる川で暮らす、無国籍のベトナム移民たちの家々だ。彼女の撮影テーマとともに、人々の暮らしを見ていこう。
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シングルマザーのフェドレンコ氏は2016年、小さな息子ロメオ君と一緒にカンボジアを旅行した。そしてタクシーに乗っているとき、水に浮かぶ家々を見つけた。フェドレンコ氏は興味をそそられるとともに、国がない人々の気持ちも理解できた。そこで、ロメオ君と一緒にその場所を再び訪れ、4日間かけて写真を撮影した。
撮影対象となった無国籍のベトナム移民たちの家が湖や川の上にあるのには理由がある。市民権を証明する必要がないからだ。
家の所有者たちは心が広く、穏やかな人柄だったため、すぐに受け入れてくれたと、フェドレンコ氏は振り返る。しかも、背中や傍らにロメオ君がいたおかげで、「人々は私を信頼してくれました。私たちには共通点があったのだと思います」
フェドレンコ氏の両親は旧ソビエト連邦の出身で、1991年にドイツのベルリンへと移住した。その後、故郷はウクライナという独立国家となった。そんなフェドレンコ氏のテーマは「家」だ。
フェドレンコ氏によれば、水に浮かぶ集落は地上の集落とそっくりで、ただすべてが水上にあるだけだという。食料品店、学校、理髪店、寺院、さらにはサッカー場まである。
「私は、所有物の少ない人々がどのように暮らしているか、特殊な状況下で、どのように生活を成り立たせているかに興味がありました」。フェドレンコ氏によれば、水に浮かぶ家にはそれぞれの物語があり、写真は絵日記のようなものだという。ものの並べ方、質感、壁の鮮やかな色など、細部に宿るものすべてが「そこに暮らす家族と彼らが大切にしているもの、彼らが営んでいる日常の物語を伝えています」
フェドレンコ氏は水に浮かぶ家々の美しさについて、「家に入るたびに、感嘆の声を上げるほどでした」と表現する。特に印象的だったのは木の床だ。まるで毎日油を塗っているように滑らかで、歩くときしむ音がしたという。
フェドレンコ氏はまた、家族が支え合って生きる姿にも心地良い驚きを覚えた。4世代が一緒に暮らしている家もある。「彼らはヨーロッパの家族と異なる関係を築いています。ヨーロッパではほとんどの場合、子供はできるだけ早く(家を)出たいと考えています」
「水上で優しく揺れる魅惑的な世界です。すべての家に美しい魂が宿っています」
(文 Sarah Stacke、写真 Alina Fedorenko、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2018年1月9日付記事を再構成]
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