作家にしてIT事業家 芥川賞受賞の上田岳弘氏の覚悟

――作中で荷室が紡ぐ物語には、人間が「寿命の廃止」の恩恵を受けるために資産をAI(人工知能)が運用するファンドに信託し、そこから配当をもらって生き続けるという未来が描かれています。やがて人々は生産性を高めるために技術を駆使して個々の意識を共有化し、「個」でいることをやめてしまう。衝撃的な未来図でした。

僕はこの作品以外でも、人間が「個」であることをやめて溶け合うというイメージを繰り返し書いています。AIがファンドを運用したり、仮想通貨をマイニングしたりして、その利益で人間を使うようになるという現実と、人間が個であることをやめるというビジョンが、だんだんと接近してきているように感じているのです。

作家として、IT事業家として
技術が変える未来を見据える

――株式市場では高速取引など機械取引の膨張がかつてないボラティリティー(変動率)をもたらし、AI対AIの運用競争が始まるなど、人間不在のマーケットへの変容に危機感が高まっています。人がテクノロジーの力を前に役割を失い、無力感を覚えるということが、投資の世界でも現実になってきているように思えます。

まさに人間がAIに爪はじきにされているような現実ですね。すごく示唆的だと思います。きっとそれは投資以外の世界でも確実に広がっている。人間の役割や存在価値は何なのか、それぞれの立場で真剣に考えなくてはならない時代なのだと思います。

――仮想通貨に興味があったということでしたが、実際に取引はしていますか?

17年末にやろうと思い立ち、コインチェックに口座を開設していざ入金、というタイミングでNEM流出事件が起きたので、結局やっていないんです。

当時の仮想通貨は投機的になり過ぎていて、1回目のバブルは終わったと思うのですが、ブロックチェーン技術を使い民主的な方法で経済価値や信用を交換するプラットフォームは有効だと思っています。ブロックチェーンの活用は今後様々な分野で進んでいくのではないでしょうか。

――仮想通貨以外の投資は。

株式投資も外貨投資もやりますよ。株は勉強のつもりで、各業界から銘柄を選んで1単元ずつちょこちょこ。民主党政権時代に買って長期で持っているものも多く、おしなべて上がっています。同じ頃買った米ドルもずっと持っていて、かなり利益が出ています。

FX(外国為替証拠金)取引でいうと、トルコリラだけは勝てないんです(苦笑)。18年8月のトルコ・ショックでリラが大きく下げた時にいったん買いを入れたのですが、『ニムロッド』の校了時期だったこともあり、ポジションを維持するだけのメンタリティーがなかった(笑)。少し利益が出たところで手放してしまいました。

ただ、ネット上の取引で得たお金って、生活の中で日々使うお金と別物のように感じますね。数値にしか見えない。実体をつかめないというか、現実味がないというか。お金が仮想化されているような感覚になります。

――上田さんは作家として活躍する一方で、立ち上げから参画したITベンチャーで役員を務めています。仕事と執筆はどう両立させていますか?

普段は朝5時半~7時半は執筆に充て、2時間書いたら出社します。会社はソフトウエアの開発販売をしていて、営業と広報とアライアンス、いわゆる文系業務全般を見る立場です。僕は仕事でも小説でも、「成り立たせる」ことが好き。プロジェクトを回す仕組みをつくり、継続できるだけの利益を上げ、従業員とステークホルダーに渡すべきものを渡して事業として成立させる。みんなが納得してくれる仕組みをつくることのやりがいは大きいですね。

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