作家にしてIT事業家 芥川賞受賞の上田岳弘氏の覚悟

純文学で問い掛ける
テクノロジーと人類の未来

――IT(情報技術)企業で仮想通貨のマイニング(採掘)をする中本哲史と、あるトラウマを抱える恋人、中本に不可思議なメールを送ってくる同僚の3者の交流を通じてテクノロジーと人類の未来を描く小説『ニムロッド』で1月、第160回芥川賞を受賞しました。

芥川賞はやはり周知力がすごいですね。たまたま行ったお店で「おめでとう」と声を掛けられることもあります。たくさんの人に僕の作品を知ってもらう機会になることを、とてもうれしく思います。

――今回の作品のモチーフとなっているのは、主人公の中本が採掘を手掛ける「仮想通貨」と、会社の先輩の荷室(自称ニムロッド)がメールで彼に送ってくる、開発に失敗した飛行機について綴った「駄目な飛行機コレクション」。一見何の関連性もない2つの題材は、上田さんの中でどのように結びついていたのでしょうか。

仮想通貨は、ブームになった2017年頃からすごく興味を持っていたんです。色々と調べると、ビットコインを開発したのは「ナカモトサトシ」。日本人なのかと思ったら、あるのは名前だけで、正体は分からない。しかも単位は1Satoshiって、どういうことなんだろうとずっと気になっていました。

飛行機の方はその1年ぐらい前、サイト「NAVERまとめ」で「ダメな飛行機コレクション」というコンテンツを見つけたんです。開発に失敗した飛行機が紹介されているのですが、とても面白くて。

その中に「桜花」という、太平洋戦争中に日本の海軍が開発した特攻兵器があった。離陸したら最後、搭乗員は生還することができず、敵艦に体当たりして散るか墜落するしかない飛行機です。発案したのは海軍の少尉だった大田正一という人物。戦後、大きな批判にさらされて自殺しようとしたが死にきれず、名前を変えて生き抜き、天寿を全うしたんです。

名前を捨てても生きようとした桜花の発案者・大田正一と、名前だけあって正体が分からない仮想通貨のナカモトサトシ。両者の対称性がずっと気になっていて、そこを掘り下げていけば小説が書けると思いました。

――本作ではその2つのモチーフが見事に共鳴し合い、テクノロジーと人間の未来、人間存在の意味、人類の価値をどこに見出すかという、今まさに世界が直面している問いを次々に投げ掛けています。

技術の発展や進化って、基本的にはポジティブなことのはずですよね。今の社会は昔より自由だし、ITで解決できることも増えた。作品の中では「優しい世界」と表現しましたが、以前より生きやすい世界になっているはずなのに、どうも息苦しい。

その背景には、社会があまりにもシステム化され過ぎていることがあるのではないでしょうか。人間の感情を差し挟む余地がどんどんなくなり、自分の存在価値が見えにくくなっている。

地球の裏側で誰かがつぶやいたことがリアルタイムで翻訳され、世界中の声が聞こえてくる。自分は広い世界のごくごく一部で、存在しなくても世の中は動くことを日々思い知らされる――。そんな現実が、人々の無力感につながっているのかもしれません。

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