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かんさい食物語

食いねぇ「押しずし」 せっかち浪速のスローフード かんさい食物語

2019/3/3

「二寸六分の懐石」といわれる吉野寿司(ずし)の箱ずし(大阪市中央区)

■森の石松も食す

「飲みねぇ、飲みねぇ、おぅ、すし食いねぇ、江戸っ子だってね」「神田の生まれよ」――。大阪八軒家から京の伏見に向かう淀川の三十石船の上。幕末のアウトロー、遠州森の石松が、親分の清水次郎長を「街道一の親分」と褒めた江戸っ子に酒とすしを振る舞う。浪曲「石松三十石船道中」の有名な一節だ。

すしといっても石松たちが食べたすしは江戸前の握りではない。船に乗る前に大阪本町橋で買い求めた「名物の押しずし」だ。大阪では元来、すしといえば押しずしのことを指した。その代表格は、一級の具材を酢飯の上にのせて木枠で押した「箱ずし」だ。

鮮やかな手さばきで木枠を押して「箱ずし」をつくる吉野ずし(大阪市中央区)の七代目の橋本卓児さん

「船場は舌の肥えた商人たちによって食文化が発展したところ。押しずしも旦那衆の嗜好によって船場ならではの独自の進化があった」。そう語るのは、箱ずしの基礎を築いた大阪船場・淡路町の老舗、吉野寿司の7代目、橋本卓児さん(39)。「江戸前の握りがファストフードなら、大阪の箱ずしはスローフードです」

二寸六分(約8センチ)四方の木枠の中に酢飯を詰め、タイ、エビ、アナゴなどの具材をのせて押す。これを「男性なら一口、女性なら二口で食べてもらえる」ように6切れに切り分ける。焼き物や煮物、酢の物がそろうことから「二寸六分の懐石」と称されてきた。

誕生したのは明治初期。吉野寿司の3代目が考案した。それまではサバなどの大衆魚を使っていた箱ずしを、タイやエビなど高級な種に替え、新しい箱ずしに仕上げた。

■口の中でネタと酢飯が合わさり、相乗効果でおいしく

もともと箱ずしは観劇の客などが買い求めたものだ。押すのは米の間の空気を抜き、保存性を高めるため。客がどのタイミングで食べるかも考えて押し加減を調節する。「かみしめて味わっていくうちに口の中でネタと酢飯が合わさり、相乗効果でおいしくなっていく」(橋本さん)

江戸で誕生した握りずしが大阪に入ってきたのは1800年代初頭。関東大震災後に、関西に移住した東京のすし職人が本格的に広げたが、そんな中でも主流は「大阪ずし」だった。

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