quod共同代表 飯塚洋史氏主に地方企業の新規事業立ち上げを支援する合同会社quod(クオド、東京・目黒)を設立した飯塚洋史共同代表。日本政策投資銀行を経て、スキルを持つ人たちが輝ける舞台を広げたいとの思いから起業したが、もともとは新しいものを生み出すのに最適な環境に関心があった。quodでも企業と組んだ研究を続けているという。予防医学研究者の石川善樹氏が詳しく聞いた。
■小学生のとき、ほぼすべての都道府県を回る
石川 前回の記事(スキル持つ人の舞台広げたい 元政投銀の起業家が挑む)で、東大の大学院では新しいものを生み出しやすい環境について研究していたと話していましたね。どんな研究なのですか。
飯塚 簡単に言うと、新しいアイデアや芸術作品などが、いつ、どこで、どのように生まれるかというプロセスを研究するものです。例えば、デザイナーは新しい作品をつくる際、まず目的を定め、次に必要な情報を収集します。集めた情報を温めるうちにアイデアがひらめき、それを世の中に出せる形に落とし込むわけです。
もちろん、アイデアは偶然に生まれます。ただ、アイデアがどこで生まれやすいか、そのアイデアの基になる情報はどこに集まりやすいかがわかれば、アイデアが偶然に生まれる確率を高めることも可能ではないか。そうすれば、新たなビジネスや新製品を生み出しやすくなるのではないか、というのが研究の目的です。
石川 面白いですね。なぜ、そういうテーマに興味を持ったのでしょう。
飯塚 父が趣味で「日本文化の発祥はどこだったか」を調べていて、休みのたびに全国の史跡を巡っていたんです。私は小さい頃から付き合わされて、小学生を卒業するまでには47都道府県をほぼすべて回りました。しかも古事記や日本書紀まで読まされて。各地を回る中で、幼いなりに風土や気候、つまり環境が違うとその地域の人の特徴も違うことに気付き、その関係性に興味を持った。それが原点ですね。
石川 なるほど。それでどんな場所がアイデアを生み出しやすいのでしょうか。
飯塚 その前に、何を生み出すか、つまり産業の変化を踏まえる必要があります。農業や漁業などの第1次産業が中心の社会では、肥沃な土地や好漁場の近くに住むのが効率的でした。工業を軸とする第2次産業では、大量の原料や製品を運びやすい港湾の近くに多くのコンビナートができました。また、工場は多くの人員を必要としたので都市化が進みました。
日本をはじめ先進国では今、第3次産業が経済活動の多くを占めています。中でもソフトウエア会社や設計事務所、コンサルティング会社、広告会社といった高い付加価値を生み出す産業で働く人が増えています。こうした企業で働くエンジニアやデザイナー、コンサルタント、さらに弁護士や会計士などの資格を持つ人たちを総称して、米国の社会学者であるリチャード・フロリダ氏は「クリエーティブ・クラス」と名付けました。
■カフェがクリエーターをひき付けるワケ
人と環境との関係を追究したい石川 その言葉は聞いたことがあります。自らの創造性を通じて、経済的な価値を生み出す仕事をしている人たちの階層という意味ですね。クリエーターやナレッジワーカーとも呼ばれます。
飯塚 その通りです。そしてフロリダ氏は今後、ある国や都市が成長するには、クリエーティブ・クラスをいかに呼び込むかがカギになると指摘しました。だからこそ、創造性を発揮しやすい環境とは何かが大事になるわけです。
では具体的な場所はどこか。私が注目したのは、情報が集まる場所としてのカフェです。カフェの人間関係は3層からなります。真ん中にはホスト役となるオーナー、その周りに常連、さらにその外側にゲストがいる構造です。常連には作家や編集者、デザイナーといったクリエーターやナレッジワーカーがいて、そのお店が醸し出す雰囲気に引かれてゲストが集まります。
石川 なるほど。今はネットでいろんな情報が集められますが、人と会うことで得られる一次情報が大事だというのがミソですね。特に最近はネットのサービスが自動的に関心の高そうな情報や商品を推奨するリコメンド機能が飛躍的に向上しています。つまり、自分が予期しない情報を見つける可能性は少なくなっているということです。
また、人間の心理的な側面もあります。例えば、アマゾンのサイトで本を調べると様々な本をリコメンドしてくるのですが、関心がなければ買う気になりません。ただ、人から「この本いいよ」と薦められると、関心がなくても読んでみようかという気になることがよくあります。
飯塚 確かにそうですね。カフェでもオーナーが「この人はこんな人でさ」と紹介してくれる。大事なのは、そのカフェに集まる人は価値観が似ていることです。でもバックグラウンドは違う。持っているスキルや経験は様々なわけです。そうすると、集まる情報の質が上がる。全く異質の情報では自分の持つ情報と混ざりませんが、ちょっとずれた情報だから化学反応が起きやすいのです。
石川 米国の社会学者、レイ・オルデンバーグ氏が提唱した「サードプレイス」という言葉とも関連しますね。家が第一、職場や学校が第二、その中間にあって個人としてくつろげる「第三の場所」のことです。コーヒーチェーン大手の米スターバックスがコンセプトとして掲げたことで広く知られるようになりました。
■集中できる「第三の場所」が必要
石川善樹氏(左)と飯塚洋史氏それぞれの場所でやり取りされる情報をみると、家では安心や安全に関わることが中心です。職場や学校は目的がはっきりしており、上司と部下、先生と生徒など立場も固定されているので、流通する情報も限定的になりやすい。つまり新しいことが生まれにくい。だから企業には様々な人材を集め、フラットな組織をつくる必要があるのですね。
飯塚 東京を例にとると、第一の場所である家は電車で1時間前後の郊外に多く、第二の職場はおおむね山手線の内側に固まっています。第三の場所が多いのはその中間、地名でいえば三軒茶屋や下北沢、代々木上原、最近は日本橋や清澄白河も当てはまるでしょうか。クリエーターと呼ばれる人たちがこうした場所に住むのも、効率よく質の良い情報を集めたいからだと思います。
石川 かつてのパリがそういう場所だったんでしょうね。日本でも明治や大正期の文豪はよく温泉地に集まっていました。昼間は議論して、インスピレーションを得られたらすぐ旅館にこもって執筆できるというメリットがあったのかもしれません。ところで、飯塚さんは今の会社でも創造性を発揮しやすい環境づくりに取り組んでいるそうですね。
飯塚 はい。一つは空き家や銭湯、飲食店などを活用し、街全体で宿の機能を提供する事業です。東京のゲストハウスの会社が手掛ける事業をお手伝いしています。宿泊者が歩き回り、街の人や宿泊者同士で交流する中から面白いアイデアやビジネスの種が生まれることを期待しています。
もう一つはメガネのJINSが運営するワークスペース「Think Lab(シンクラボ)」。同社が2017年12月に開設した「世界一集中できる場を目指し、進化し続けるワークスペース」の事業企画や運営に携わっています。どうすれば集中力をより高め、深く思考できる空間になるか、試行錯誤しています。「Think Lab」自体を他の企業の本社などに設置する事業も始めており、大企業でも導入例が増えています。
石川 quodは各地の事業家とクリエーター、ナレッジワーカーを結び付ける事業も展開しています。様々な観点から、創造力を解き放つ場を提供する。いわば、大きなカフェのオーナーになろうとしているわけですね。今後の事業にも期待しています。
飯塚洋史
1984年神奈川県生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修了。日本政策投資銀行に入行後、M&A(合併・買収)アドバイザリー業務、投融資業務に従事するとともに、持続可能な不動産の評価・認証制度の運用などに携わる。2017年に合同会社quodを設立し共同代表。
石川善樹
1981年広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業後、ハーバード大学公衆衛生大学院修了、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がよりよく生きる(Well-being)とは何か」をテーマに企業や大学と学際的な研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。
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