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リーダーの母校

自由と責任学んだ広島皆実高 メダリスト為末氏の原点 元陸上選手 為末大氏が語る(下)

2019/2/11

それと、授業はあまり聞いていませんでしたが、好奇心は強かったと思います。例えば、歴史家のトインビーについて熱く語る先生がいて、生徒からは「トインビー」と呼ばれていました。私は授業の内容よりも、先生がこれほど熱く語るトインビーとはどんな人だろうとか、そもそも先生はなぜトインビーが好きになったんだろうとか、先生自身に興味を持っていました。ずっと黒板を向いて生徒の方を見ずに授業をする先生もいて、この先生はなぜこういう授業の仕方をするんだろうとか。とにかく何かしら考えていましたね。

高校卒業後、法政大学に進む。

独立心が強いのは広島県人の気質かもしれない

法政大を選んだのも、自由度が高そうだと思ったからです。勧誘に来られた陸上部の監督からして、見るからに自由人といった雰囲気でした。入学した1997年当時、大学スポーツは今よりずっと体育会の気質が強く、1年生は練習すらできないところもありました。しかし、法政の陸上部は全く違い、私も1年生から練習できる環境でした。

大学に入って1年くらいたった頃から、コーチを付けずに自分で自分を指導し、管理するようになりました。コーチは選手の見えない部分を客観的に指摘してくれるありがたい存在です。ただ、欧米では選手とコーチが対話しながら「共闘」するイメージなのに対し、日本では上下関係で一方通行の指導になりがちで、私はなじめませんでした。

もちろん、コーチに師事するか、セルフコーチングでいくか、人によって合う合わないはあると思います。ただ、どちらを選ぶにせよ、結果についてはすべて自分が責任を負うべきです。独立を好み、群れるのを嫌い、はやりものを遠ざける。これは広島県人の気質が影響しているのかもしれませんね。

2001年と05年に出場した世界陸上の400メートルハードルで銅メダルを取ることができました。競技人生で高いパフォーマンスを示すことができたのは、やはり高校時代にケガやスランプに悩まされ、そこから抜け出すために自分で考える習慣を付けたことが大きく影響していると思います。

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