超大型化と「巻き取り式」の衝撃 テレビはどこへ行く
西田宗千佳のデジタル未来図
2019年1月に米ラスベガスで開催された「CES 2019」の主役のひとつがテレビだったことは間違いない。有力メーカーがこぞって超大型の8Kテレビを展示。大型化の動きが止まらないなか、巻き取り式テレビ(詳細は動画で紹介)という非常にユニークなテレビも登場した。
「8Kの超大型テレビ」がCESで続々登場
実は海外での「8K」の位置づけと日本での「8K」の位置づけには若干違う点もある。日本では、18年12月1日から「新4K8K放送」がスタートし、「8K」でより映像が細かく見えることが注目されている。だが、米国など海外では「8K」は大画面化の道具として脚光を浴びるているのだ。
CESで「8Kテレビ」を展示したのは、現在世界市場で、テレビのトップブランドのサムスン電子・LG電子・ソニーの3社。そして、ハイセンス・ハイアールといった中国系である。
特徴はとにかく「大きい」ことだ。ソニーが展示した8Kテレビ「BRAVIA MASTER Series Z9G」は、85型と98型という大型サイズ。LGが展示した8Kテレビも、88型・98型といったサイズだった。
テレビの重要な市場である米国では、2018年以降、テレビの大型化が進んでいる。ソニーなどの調べによれば、2018年には75型以上のテレビの売り上げが急速に伸び、前年比で2倍となっているという。もともと数がたくさん売れていたわけではないのだが、それでも、2倍という数字はインパクトがある。1台数十万円以上するため、収益に与える影響は大きい。
テレビの「超大型化」が進んだ理由は、薄型テレビ自身の定着と製造技術の世代交代、という側面が大きい。ソニーでテレビの商品企画責任者を務めるソニービジュアルプロダクツ・企画マーケティング部門・部門長の長尾和芳氏は、「10.5世代[注]の液晶工場が稼働してくると、プレミアムとしての中心は65/75型になってきます。55型はかなりコモディティー化する」と説明する。住空間に余裕がある米国の家庭の場合、50型クラスもさほど大きな製品ではなくなっている。「プレミアムラインでは75型以上を」とテレビメーカーが考えるのも無理はない。
[注]2940×3370mm程度の大型のガラス基板。65インチ液晶であれば1つから8枚取れる。
実は「8K」ではなく「超大型化」が軸
一方で、「8K」という解像度については、各社ともそれほど重視していない。8K解像度のコンテンツがほとんどないからだ。日本ではNHKが放送を始めたものの、他国では8K放送だけでなく、8Kでの「ネット配信」すら計画しているところはない。前出の長尾氏も「8Kを声高に主張するつもりはない」という。テレビメーカーが考えているのは、あくまで超大型テレビの市場なのだ。
ただ、それでも8Kにするメリットはある。4Kのコンテンツを「超解像」技術を使って表示すれば、見た目の解像感が上げるからだ。一見ごまかしのように感じるかもしれないがそうではない。このアプローチは2Kから4Kへの移行時にも使われて成功した。
意外にも、このことはすでに8K放送対応テレビを販売しているシャープにも共通する考え方である。もちろん8Kでの放送は美しいが、放送の数は限られる。だからこそ、「8Kになっても4Kに見劣りしない」技術が必要で、同社の8Kテレビも、高輝度化や超解像技術において、4K製品以上に力を入れている。
LGが発表した「巻き取り式テレビ」の衝撃
一方で、本当に超大型だけがテレビの進む道なのだろうか?―― 日本のように、米国や中国ほど家が広くない国では、超大型は厳しいと感じる。ソニー・長尾氏は、「日本同様にスペースの問題を抱えた欧州でも、75型以上の伸びは大きいため、日本でも受け入れられる可能性がある」と説明するが、ちょっとにわかに納得し難い。
一方CESでは大型化でないアプローチで大きな注目を集めたテレビもあった。それが、LGの「SIGNATURE OLED TV R」だ。このテレビは、有機ELのディスプレーを巻き取って、台座兼用のスピーカーユニットの中に収納できるというユニークなもの。動作している状況を見ると非常にインパクトがあり、CES会場でも、動画を撮影する人の列が途切れることはなかった。
LG SIGNATURE OLED TV Rは65型で、いわゆる「超大型」ではない。だが、誰も見たことのないようなデザインをもったテレビ、という意味では、超大型テレビよりもずっと強い印象を残す。
もちろん実際には色々問題もある。壁寄せで置いた場合、「テレビ画面をしまっておける」ことの意味はどれくらいあるだろうか。テレビの後ろ側のスペースまで使えるようなレイアウトの部屋でないと、実際にはあまり価値が出てこない。価格は公表されていないが、LGの「SIGNATURE」シリーズは高付加価値モデルなので、同じサイズのテレビに比べて高くなるだろう。有機ELは液晶に比べて高解像度化・大型化にコストがかかって不利な面がある。有機ELを中心にビジネスを展開するLGとしては、液晶の大型化に対抗するために別の軸を提案した……という事情もある。
だが、「誰もが目を奪われる」「欲しいと一瞬でも感じる」という意味では、単純なテレビの大型化よりは魅力を感じるのではないか。テレビという製品をどう捉えるか、どういうところから魅力を感じるか、という点においては、大型化よりも好ましく感じる人もいるはず。筆者も実際、そう感じた。
一般家庭でも、地デジ化以降のテレビの買い替えがそろそろ本格化している。そこで「大型化」一本やりは正しいのだろうか。テレビメーカーには、今こそより多様な価値の提案を求めたい。
フリージャーナリスト。1971年福井県生まれ。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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