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西川りゅうじん 客の心つかむ商才、原点はアイス売り 編集委員 小林明

2019/1/18

「アッシー」「ジモティ」などの命名者として知られる西川りゅうじんさん

「アッシー」「メッシー」「ジモティ」などの流行語で知られ、ゆるキャラ「せんとくん」のPRや六本木ヒルズの企画立案など多分野で活躍する西川りゅうじんさん(59)は一橋大学在学中、全国の大学メディア系サークルの横断組織を旗揚げしたほか、大学生として起業して年商1億円を稼ぐなど独自の才覚と行動力で人生を切り開いてきた。「小中高ずっと落ちこぼれだった」という生い立ちから、大学受験、学生時代の起業、バブル崩壊期に体験した苦労など過去の軌跡について振り返ってもらった。前半、後半に分けてインタビューを掲載する。

■幼稚園時代から調整役、「混ぜたらええやん」

幼稚園時代の西川さん。知能テストの結果が良かったので、先生に小学受験を勧められた

――どんな少年時代でしたか。

「『大丈夫かな?』と家族が本気で心配するほど、いつも笑っていたようです。父は関西で包装資材の製造販売を手がける中小企業の経営者。母は専業主婦。4つ下の弟との4人家族です。決して貧しくはありませんでしたが、ぜいたくをしないという家風でした。ただ、幼稚園の頃からクラスの調整役になっていた気がします」

「たとえば幼稚園の運動場では男子と女子が遊び場を取り合い、ケンカが絶えなかった。すると、私が『混ぜたらええやん』と男女で一緒に楽しめる遊びを提案したりする。三つ子の魂百までということわざ通り、これが今の仕事につながっているのかもしれません」

――国立の大阪教育大学附属池田小学校、中学校、高校に進みましたね。

「知能テストの結果が良かったらしいんです。そこで先生から受験するよう勧められ、わけもわからずに受けたら合格してしまいました。でも中学では全体の約3分の2、高校では半分くらいの生徒しか進級できません。他の公立や私立を受験するためには、提出する内申点が学内での成績になるのでかえって厳しい。私は落第ギリギリの超低空飛行でしたが、運良く高校まで進めました」

■高1でバレー部を挫折、ベースギターに熱中

――熱中したものは何ですか。

「足だけは速かったので運動会の徒競走やリレーは楽しみでした。自然が好きでカブトムシやクワガタを採ったり、幼虫から成虫になるまで育てたりしていた。ラジオ製作や鉄道模型、鉱物収集にも凝りました。中学時代になるとジャンプ力を買われて、バレーボール部に入ります。でも高1の時に足首をひどく捻挫してしまい、残念ながら挫折。その後はバンド活動に目覚めました」

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