遺伝子解読でオーダーメード 精密医療の最前線

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/1/1

さらに、2型糖尿病の発症も観察することになった。彼は甘いものを断ち、サイクリングの距離を2倍に増やし、週に4回6キロを走ることにした。何を食べると血糖値が上がるかを調べ、好物の肉料理も控えた。おかげで9カ月ほどたつと、血糖値は正常に戻った。

遺伝情報のビックデータ化

ゲノムの塩基配列でいえば、人はみな99%以上同じ。一人ひとりの違いを生み出しているのは、多種多様な遺伝子変異だ。大きな領域にわたる変異から、DNAを構成するヌクレオチドが一つだけ置き換わったものまで、これまでに6億6500万の変異が特定されている。

そのうちどれが無害な変わり種で、どれが健康を脅かすものだろう。

それを識別する試みがいかに困難か、米バンダービルト大学の研究チームが行った実験で判明した。チームは2022人のゲノムを解析し、不整脈との関連がわかっている二つの遺伝子で、122のまれな変異を特定。そのデータを三つの分析機関に渡し、不整脈を引き起こす変異を特定するよう依頼した。ある機関は16、別の機関は24、もう一つの機関は17タイプの変異を選んだ。三つの機関が一致して選んだのは4タイプだけだった。さらに、研究チームが三つの機関の分析で不整脈のリスクがあると判定された人の医療記録を調べたところ、実際に不整脈があった人はほぼ皆無だった。

DNAの暗号を読み解くには、長期にわたる膨大な研究が必要になる。リスクをもたらす変異はまれにしか現れないし、関連した疾患の発症までに何年もかかることがあるからだ。米国立衛生研究所は、100万人のDNAデータと健康情報を収集し、精密医療研究を推進する計画を最近発表した。アラブ首長国連邦のドバイの衛生当局は、300万人の住民のゲノム情報を入れたデータベースを構築する計画だ。

こうした大規模な研究の先陣を切っているのはUKバイオバンクだ。英国中部のストックポートにある幅7メートル、高さ6メートルの大規模な冷凍施設に、40~69歳の英国人ボランティア50万人の血液や尿、唾液のサンプルが保管されている。小さな容器に入れ、トレーに積み重ねて、個人を特定できないようバーコードの標識をつけた1000万本の検体だ。

バイオバンクのコンピューターは参加者の健康記録と結ばれている。遺伝子変異を個人の特徴や病気と結びつけて初めて、DNAから手がかりを引き出せるからだ。「本人にとっては不幸なことながら、長期的には全員が有益な情報をもたらしてくれます」とバイオバンクの責任者を務めるローリー・コリンズは言う。

(文 フラン・スミス、写真 クレイグ・カトラー、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック日本版 2019年1月号の記事を再構成]

[参考]ナショナル ジオグラフィック日本版 1月号は「まるごと1冊 医療の未来」。今回、一部を抜粋して取り上げた「あなたに合わせた次世代の医療」のほか、医学の進歩のために献体した女性と彼女の体で作られたバーチャルな解剖画像をめぐる「永遠に生き続ける遺体」、西洋医学では克服できない病を治す可能性が期待される「中国医学の底力」、妊産婦の死亡率が上昇する米国の過酷な現実をレポートする「出産で命を落とす現実」を掲載しています。

ナショナル ジオグラフィック日本版 2019年1月号

著者 : 日経ナショナルジオグラフィック
出版 : 日経ナショナルジオグラフィック社
価格 : 1,110円 (税込み)


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