プロもアマも愛用する 「グローバル」の国内限定包丁
こんにちは、飯田結太です。プロをはじめ、料理好きな方で知らない人はいない包丁ブランドに吉田金属工業(通称ヨシキン)の「グローバル」があります。飯田屋には、海外からも名指しで『グローバルの三徳包丁ありますか』と買いに来る人もいるほど人気のある包丁です。
グローバルには、もともとプロ向けに作られた「プロ」シリーズがありましたが2015年に終了。代わって16年に新しい「イスト」シリーズが発売になりました。
イストは日本国内限定。さらにプロではなく、家庭で料理を丁寧に作りたいという人向けに開発された、和包丁2種類を含む6種類からなるシリーズ。これが、私にとっては驚きでした。とにかく発想が面白い。この開発を進めた吉田金属工業の小野悟営業部長の考え方が新鮮で、変な人だなと思ったのです。発売から2年がたちますが、今ではプロも愛用するシリーズになっています。
そこで、海外でも人気の高いグローバルが、なぜ成功した後に国内限定の包丁を作ったのか、小野悟営業部長に話を伺いました。
西洋包丁と和包丁のいいとこどり
飯田結太氏(以下、敬称略): 初めてイストを拝見したときに、面白いと思いました。シリーズの軸になる長さ19センチの万能包丁は、海外で一般的な牛刀と、日本で一般的な三徳包丁のちょうど中間のデザインなんですね。
小野悟氏(以下、敬称略): イストは家庭で丁寧に料理を作って楽しみたいという「マイホームシェフ」を目指す人に向けて開発しました。そこでまず考えたのが、日本人のこだわりを形にしたいということ。実は、グローバルは海外で人気になり、海外の需要に沿って作ってきたこともあり、日本の一般的な包丁とは少し違うものなんです。
飯田: 海外と日本の包丁はどういう違いがあるのですか。
小野: 海外で一番流通しているのは牛刀。名前のとおり、牛刀は塊肉を小さく切るためのもの。刀身が長くて幅が狭い作りになっています。それに対して、日本で一般的なのは、三徳包丁。これは、主に野菜を切れるように作られ、牛刀に比べて幅が広く、直線的。
そして、使い方がまるで違います。海外では、刃先を前に滑らせるように食材を切るのですが、日本ではまな板に対してトントンと音を立てて切っていく。イストの19センチ万能包丁は、その両方の利点を取り入れました。
飯田: 刃渡り19センチは珍しいですよね。三徳だと18センチ。牛刀だと21センチが一般的なのでは。
小野: 柄の持ち方、構え方によっては三徳に、あるときは牛刀と同じ感覚にもなるように、すべてを基礎から見直して作ったのがこの刃渡りと形なんです。
刃先は中央からアゴにかけて直線的な形状にして、刃の幅も少し広くしました。これによって、まな板にトントンと当てて切る使い方ができます。そして、刃の中央から先端に向かっては、刃の幅を狭くして緩やかなカーブを付けました。これで、牛刀でよく使われる、薄切り、角切り、みじん切りなどの押して切るような使い方が簡単にできるんです。
飯田: 両方の使い方ができる包丁はあまり聞いたことがないです。また、切れ味もすごい。
小野: 切れ味は今までのグローバルの包丁よりも鋭く、耐久性も高めました。従来のものは、グラインダーを用いた刃付けをしていますが、イストは、「エクストラエッジ」といい、和包丁の刃付け同様、水砥石で手作業で刃付けをし、さらに、革砥(かわと)で仕上げています。この技術は少数の職人しかできないので、生産性は上がらないのですが。
パン切り包丁が面白い
飯田: イストのなかで私が特に気に入ったのが、パン切り包丁です。これは珍しいですよね。
小野: どこのメーカーでもパン切り包丁は出ていますね。そこでイストのパン切りは、海外で主流のハードパンから国内で主流のソフトパンまで切れるものを目指しました。
飯田: たしかに、こんな形のパン切り包丁は見たことがないです。
小野: ソフトパンは刃が粗すぎるとひっかかり、断面もボロボロになってしまいます。反対にハードパンは刃が粗くないと切れない。そこで、波刃のピッチを穏やかにして、先端に反りを入れました。さらに、裏側にも刃付けをしているんです。これで、どちらのタイプも切れるようにしたんです。
飯田: 通常のパン切り包丁だと、日本の食パンはパンくずが付いてしまってスパッとは切れない。しかし、イストのパン切り包丁は、力をほとんど入れずに下まできれいに切れました。
国内では異端児扱い、海外で受け入れられたのが始まり
飯田: もともとグローバルは海外で人気が出て、逆輸入のような形で日本の市場で売られるようになりましたよね。
小野: そうなんです。1983年にオールステンレスの包丁としてデビューしましたが、当時は包丁といえば木柄が普通。ステンレスの一体型は奇抜すぎて、オブジェとしてしか見られなかった。これは大きな誤算でした。そこで海外で展開したらどうかという話があり、展示会に出展したらヨーロッパで受け入れられ、国ごとの基準に合わせた発注が舞い込んで、以来、欧米基準でラインアップが広がっていきました。
飯田: 日本で人気が出たのはいつですか?
小野: 90年代後半に入ってからです。グッドデザイン賞をいただき、ステンレスの包丁ブームにのって知られるようになりました。現在は海外輸出専用商品を含め100種類以上のラインアップを展開しています。
プロシリーズはプロには合わなかった?
飯田: イストの発売前には、プロシリーズがありましたが、なぜプロシリーズは終了したんですか。
小野: プロ向けにさまざまな用途やサイズの専門包丁がそろったシリーズだったのですが、売り上げがいいのは、東急ハンズなどの専門性の高い道具を置いているショップだった。そして、デザインは、プロが欲しい包丁と一般の人が欲しい使いやすい包丁のどちらでもなく、その中間だったんです。
飯田: 今なら、料理研究家として活躍するセミプロの人が増えているからその人たちには適しているものなのかもしれないですね。
小野: そうですね。さらに、海外の需要に対応するサイズや形が主体だったので、日本では使いにくい部分もあったようです。そこで原点回帰をして、日本人に向けた包丁を改めて考えようと思ったのです。特にステンレスの和包丁はほとんどなかったので、新シリーズには必ず入れようと思いました。
19センチの万能包丁は、万能ですが、皮をむいたり、飾り切りをしたりする場合は、サブとなる包丁で補えるようにしたんです。あえて2丁を使い分けることで仕上がりの精度は格段に上がります。このひと手間を楽しんでいただきたいという思いを込めています。
飯田: プロの間でもステンレスの包丁を使う人が増えている。特にオープンキッチンが増えているので、手元を美しく見せる包丁としてステンレスのニーズも高まっているんです。イストはそんなプロにもジワジワと浸透しています。
小野: おかげさまで、グローバルの売り上げの大半は海外需要だったのですが、現在は、国内売り上げにおいて約2割がイストになりました。
子どもに包丁教育を
飯田: プロでは包丁の使い分けは当たり前ですが、それをイストではあえて前面に出していますよね。
小野: プロは食材や切り方によって包丁を使い分けます。それによって、大きさがそろうし、食材の切断面がきれいで、食感も生きてくるんです。だからプロの料理はおいしい。道具を使い分けると料理のおいしさが変わる、食べた人が喜んでくれる、そうすると、調理をする楽しさが生まれてくる。調理道具の在り方はそこが大きなポイントだと思うのです。
飯田: 確かにそうですね。だから調理道具を使い分けるのが面白いんです。
小野: 包丁は料理の出発点ですよね。切ることが楽しくなると、次にいためたりするのが楽しくなる。そうすると仕上げもこだわりたくなる。そしておいしいと言ってもらえるとうれしいじゃないですか。幸せの連鎖を始めるのが包丁だと思っています。
飯田: 小野さんは包丁を使って調理をしますか。
小野: おいしいと言われることは、まだあまりないのですが、家庭での刺し身担当は私です。子どもと一緒に市場に行って魚を選び、家でさばいて刺し身にします。家でさばくから、刺し身は新鮮でおいしいんです。そういう調理の過程を子どもに知ってもらうことで、子どもも面白がって調理をしてくれるようになりました。
飯田: 包丁教育ですね。
小野: 父親と娘って、なかなか料理を一緒に作らないですよね。でも市場に行ったり、魚をさばいたりすると興味をもってくれる。コミュニケーションにもなります。
飯田: 私も料理道具はコミュニケーションツールだと思います。わが家はまだ子どもが小さいですが、一緒に薫製したりします。小さいうちはケガのリスクもありますが、良い道具できちんと使い方を覚えればリスクは減りますよね。
小野: そうなんです。わが家でも、娘も私も自分の包丁を持っています。まあ、開発過程で試験的に使用したものが多いのですが(苦笑)
販路は広げない。その理由は
飯田: グローバルというブランドは世界で知られているのに、販路はすごく限定していますよね。それはなぜですか。料理道具の世界では、認知度が高くなったら販路を広げるのが一般的なのに。
小野: それは一度沈没しかけたからです。これはいい包丁だから、新しいから売れると思ってやっていましたが、良さを理解されないまま売れても長くは使っていただけない。扱う店も売り上げが下がったら使ってくれません。だったら、きちんと分かっていただける店で、説明して売っていただける店だけに卸したい。そうすることで、エンドユーザーにも伝わり、長く支持してもらえる。それが結果的に企業として長く生きていけるからです。
飯田: 包丁業界は、素材が限られていることもあり、価格の急降下が激しいですよね。ブランドの寿命がすごく短い。料理道具の中でも包丁はそれが顕著なんです。だからブランドの価値をしっかり保持しているのはまれなことだと思います。さらに、グローバルは全体的にリーズナブルですね。ブランドとして知られている包丁だと高額なものがけっこうあるのに。
小野: 包丁は使ってもらわないと意味がないので、小遣いをちょっとためて購入できる金額にしています。また、イストの和包丁は、工程が難しく、一般的には高額になる、左利き用も同額にしています。
飯田: それはありがたいですよね。
小野: イストシリーズはこれで完成だとは思いません。スタートラインに立ったところです。職人も若返りが進んで技術が引き継がれていますが、さらに鍛えている最中です。今の職人が熟練工になったときにもっと面白いことができるんじゃないかと思っています。お客様の参加型としてイストシリーズをもっとブラッシュアップして必要としているモノにしていきたいんです。
飯田: それはぜひ参加したいです。売り上げを重視しないというか、結果的にそうなればいいと考える、その勇気がすごいと思います。今日は興味深いお話をありがとうございました。
(ライター 広瀬敬代)
[日経トレンディネット 2018年11月27日付の記事を再構成]
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