異文化見せて世界一つに ネットフリックス戦略の神髄
2018年11月8~9日にシンガポールで、ネットフリックスによるアジアの新作オリジナル作品のラインアップを紹介するイベント「See What's Next: Asia」が開催された。作品作りは監督・脚本家に任せて口出しをしない"クリエイティブフリーダム"はネットフリックスの大きな特徴で、優秀な人材を引きつける大きな要因だが、アジアにおいてもそれは同様。作品に多様性をもたらし、視聴者が「異文化を知る」機会を広げている。
ネットフリックスは現在、世界190カ国で約1億3000万人の有料メンバーに、幅広いジャンルのコンテンツを多言語で配信している。今回のイベントはアジア地域では初の開催となり、アジア11カ国から200人以上の報道関係者が参加した。
イベントには、創業者兼最高経営責任者(CEO)のリード・ヘイスティングス、コンテンツ最高責任者のテッド・サランドスほか、オリジナル作品に携わる出演者やクリエイターが多数登場。アジア発の新作17本に加えて、世界各国で人気のスペイン語圏が舞台のオリジナルシリーズ『ナルコス:メキシコ編』や、モーションキャプチャーを多用したオリジナル映画『モーグリ:ジャングルの伝説』ほか、既に発表されている注目作の最新情報を紹介した。
イベントを通して改めて実感したのは、インターネットが可能にしたSVOD(定額型ビデオ・オン・デマンド)によって、いかに世界中の人々が多様なコンテンツを共有し、異なる文化を知ることができるようになったのかということだ。冒頭のあいさつでもヘイスティングスは「ネットフリックスは世界を一つにしている」と語っていた。ネットフリックスはまさに今の時代のエンタテインメントにおいて欠かすことのできない視点=人種、宗教、文化など=における多様性を体現する存在でもあるといえるだろう。
特に、現在注視している市場であるインド発の新作だけでも幅の広さには目を見張るものがある。日本でも大ヒットしたインド映画『バーフバリ』シリーズの前日譚のドラマ化を筆頭に、時代も題材も多種多様だ。ゴーストハンターに憧れる若者のグループと1匹の犬の物語を描くドラマ『Typewriter(原題)』や、インドの小さな村の出身で大学を卒業し、スタートアップ企業ブームに魅了される3人の男性のブロマンスを描く『Upstarts(原題)』ほか映画に関しては8本もの新作が紹介された。多言語に加え、様々な宗教が存在する広大なインドの各地で行われているというロケーションなど、どんな新しいインドを見せてくれるのかと非常に興味をそそられるものがあった。
■「本物のシーン」を伝えることを重視
2日目にはサランドスとヘイスティングスが、それぞれに日本人記者向けの合同インタビューに応じた。「国ごとでユーザーのコンテンツの好みは異なるため、各地域の文化に適するコンテンツを各地域のクリエイターに投資する」のと同時に、地域のリアルを世界に広げていくためには「本物のシーン」を伝えることを重視していると語ったサランドス。
このコメントは、前日に行われた各作品のパネルで『ナルコス:メキシコ編』の俳優マイケル・ペーニャや、韓国の新作『キングダム』の俳優チュ・ジフンなどのパネリストたちが、「ステレオタイプではない自国の文化を世界に知ってもらいたい」と力強く訴えていたことにも重なる。
いみじくも取材中にサランドスが、ネットフリックスが12年に配信開始した初のオリジナルシリーズ『リリハマー』(ノルウェー放送協会との共同製作)を例に出したことは象徴的だったかもしれない。ノルウェーとの共同制作である本作は、雪景色から言語、現地の俳優の起用など、ノルウェーのリアルな日常を背景に米国人ギャングが突拍子もない事件を巻き起こす通好みな作品。「米国では、この作品の面白さについて一般的には理解が難しい部分もあった」とサランドスは言う。
しかし、そこから素早く多くを学び、13年には『ハウス・オブ・カード 野望の階段』で、オンライン動画配信サービスのオリジナル作品としては初めてエミー賞を受賞するまでに急成長を遂げた。そしてエミー賞だけでなくアカデミー賞でも存在感を発揮しつつある現在でも、この初期の精神は変わっていないのである。
ちなみに、ネットフリックスが独自のビッグデータをひとつの指標として作品作りに活用していることは、広く知られるところだろう。その最大の成功例のひとつが『ハウス・オブ・カード 野望の階段』である。しかし、サランドスは自分たちが最も重視しているのは「適材適所の人選を行うこと」だと強調する。適切な人材を選び、プロジェクトが動き始めれば、あとは監督、脚本家に任せて口出しはしない。この作り手に自由を与える"クリエイティブフリーダム"はネットフリックスの作品作りの大きな特徴で、クリエイターに絶大な支持を得ており、同社に多くの優秀な人材を引きつける大きな要因となっている。ローカルで制作される作品についても同じことがいえる。
日本に関しては、人気映画のアニメ化となる『パシフィック・リム』、同社のオリジナルシリーズの近未来SFアクション『オルタード・カーボン』のアニメ化、橋本花鳥のコミックを原作とした『虫籠のカガステル』のアニメ化などが発表された。会場は大いに盛り上がり、アジアでの日本のアニメーションの人気の高さがうかがえた。実写作品については事前に山田孝之主演の『全裸監督』、園子温が手がける『愛なき森で叫べ』などが19年に配信されることが発表となっていたが、日本発のコンテンツとしてはやはりアニメーションに比重があることは間違いないだろう。この件に関して、サランドスは次のように語った。
「もちろん日本のドラマについても興味を持っている。これから進めていきたいとも思っている。そのためには、まずきちんとした物語を発見することが必要だ。そして、その物語に対してどれだけの視聴者がいるかを見極めていかないといけない。最近では『宇宙を駆けるよだか』というドラマが、日本でも他の国でも大変評判が良かった。今後は視聴者の様子を見ながら、日本のドラマについても広げていきたいと思う」
■どれだけユニークであり面白いか
もうひとつ、イベントと取材を通して強く感じたこと。それはパネル登壇者たちだけでなく、サランドスやヘイスティングスもまたまぎれもなくエンタテインメントの熱烈なファンであるということだ。
ヘイスティングスは、個人的に好みの作品を聞かれて、「『ハウス・オブ・カード 野望の階段』や『ザ・クラウン』、新作の『ボディガード -守るべきもの-』、そして芸術性の高い作品」とコメント。配信前の予想を超えて異例の大ヒットとなった『13の理由』のように、「予想外のヒットになったと認識している作品は?」との質問には、オリジナル映画『好きだった君へのラブレター』を挙げた。「特にこの夏、ラブロマンス系の作品の人気に手応えを感じた」と言う。また、最近自身が周りからの評判を聞いて見たところ、とても楽しかった作品は、本来の好みとは異なるロマンチックコメディー『キスから始まるものがたり』だったとか。この経験から「エンタテインメントは何がベストかではなく、どれだけユニークであり面白いかが重要」であることを改めて感じたという。
「最近はロシア発の作品からロシアについて学んでいる」とも語っていたヘイスティングス。「異文化を知る」こともまた海外ドラマを見る本来の大きな楽しみであること、ネットフリックスによって、その機会は格段に増えたことを再認識させられる取材だった。(敬称略)
(ライター 今祥枝)
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