エンタメ!

ビジュアル音楽堂

ヨーヨー・マ 新盤バッハ「無伴奏チェロ組曲」を語る

2018/10/27

ヨーヨー・マ氏は7歳にしてジョン・F・ケネディ大統領の前で演奏し神童と称賛された。2009年にはバラク・オバマ大統領就任式典で全世界に向けて演奏した。米国社会のアジア系マイノリティーを代表するアーティストの一人であり、演奏家の次元を超えるほど政治・社会的にも大きな影響力を持つ存在だ。音楽が人々に及ぼす力についても語り始めた。

誰もが音楽のとりこになる魔法のような瞬間

――あなたにとって音楽とはそもそも何か。

「音楽作品は単なる音符の集まりではない。音符の並びを知れば、自分の音楽になるわけではない。音をどう使うかが重要なのだ。文化は記憶と創造の産物だ。音楽の魅力、言語や歴史などすべての文化を私たちは創造してきた。傑作が生み出されれば、人々はそれを記憶し、長く保存しておきたいと思う。しかし世界は常に変わっていく。私たちが過去を振り返り、未来を見る場合、同じ対象でもアングルの違いで見え方は変わる。ある方向から見ればそれは真実であり、また別の角度からは違った事実に映る。音楽や文化とはそういうものだ」

ヨーヨー・マ氏のCD「バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)シックス・エヴォリューションズ」(発売元:ソニー・ミュージックレーベルズ)

ヨーヨー・マ氏のこうした音楽や文化の捉え方を知れば、「無伴奏チェロ組曲」という同じ作品をほぼ20年ごとに3回も録音した意義もはっきりしてくる。同時に彼はジャズやタンゴのミュージシャンとの共演、あるいは古代通商路沿いの民俗音楽や伝統文化の現代的価値を突き止める「シルクロード・プロジェクト」などを通じて、クラシックを超えた広大な音楽世界を人々に伝えてきた。それがジャンルの垣根のない幅広い人気を獲得する要因ともなっている。そもそも彼を支えてきたバッハの音楽自体が、ジャズやポップスのミュージシャンも引き込むほどの幅広い人気の可能性を内包しているといえる。

――バッハの音楽が多くの人々をひき付ける理由は何か。

「私はバッハが音楽家としてプロテスタント教会のために働かなくてもよかった唯一の時期の2~3年間に注目している。バッハが毎週日曜日の礼拝のためのカンタータを作曲する必要がなかった時期であり、音楽を愛する人たちのために彼は好きな曲を書いた。この期間に『ブランデンブルク協奏曲』や『無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ』など、宗教上の目的のない傑作が生まれた。『無伴奏チェロ組曲』もその一つで、彼はそこにドイツやフランス、イタリアなど様々な地域のあらゆるダンス音楽を盛り込んだ。さらにチェロ独奏の中に多くの音色を生み出そうとした。その作品は聴き手の想像力をかきたて、超現実の世界へと引き込んでいく力を秘めている」

バッハについて語るチェリストのヨーヨー・マ氏(10月19日、都内)=写真 湯澤華織

「バッハの音楽に特別の力があるのならば、大勢の人々の前で演奏したらどうなるか、いくつかの会場で試した。米国の野外音楽堂ハリウッド・ボウルで1万7000人に向けて弾いてみたら、確かに効き目があった。クラシックコンサートとしては異例の数の観客が、みんな集中して聴き入っていた。米バークレーの野外音楽堂でも演奏した。静かなメロディーで『組曲第5番』を弾き終わったとき、誰も動かず、静まりかえっていた。7000人もの観客がみんな眠ってしまったのかとさえ思った。まるで魔法にかかったような瞬間で、誰もが音楽のとりこになっていたのだ。音楽によって生まれるこうした一体感は、社会の意志ともいえる人々の結束と行動を生み出すきっかけになるのではないか」

歴代の名チェリストには、世界中の人類の苦しみに思いをはせて行動した偉大な人格者が多い。人を癒やし、慰め、諭し、励ますようなチェロの厚く温かい音色が、優れた人物を育てるのか。「私たちには何かができる」とインタビューの中でヨーヨー・マ氏は語った。演奏だけでなく、言葉や身ぶりにも、常に人を励まそうとする姿勢が感じられた。現代には珍しいヒューマニストだ。それは20世紀という世界大戦の時代を生きたカザルス氏らチェロの先輩たちが貫き通した姿勢だ。60代となった巨匠ヨーヨー・マ氏。これからも彼には何かができる。そんな期待を抱かせる存在感が音楽にも人物にもみなぎっていた。

(映像報道部 シニア・エディター 池上輝彦、槍田真希子)

エンタメ! 新着記事

ALL CHANNEL