元宝塚の大和悠河さん 念願のオペラ、男女両演で挑む
元宝塚歌劇団宙組トップスターの大和悠河さんが、初めてオペラの舞台に立つ。出演するのは、2018年7月にハンブルク州立歌劇場との提携で東京二期会が主催するウェーバー作曲のオペラ「魔弾の射手」。せりふのみの語り役だが、オペラへの情熱は強い。大和さんに新しい世界に踏み出す抱負を聞いた。
「いつかオペラの舞台に立つのが夢だった」。7月26日、東京文化会館(東京・上野公園)での東京二期会の記者会見で大和さんは、目を輝かせながらこう語った。
■「魔弾の射手」に語り役の悪魔で出演
大和さんは1995年に宝塚歌劇団に入団し、2007から宙組の男役トップスターとして活躍した。2009年に退団した後も、女優として演劇やミュージカルなど様々な舞台で女性役も男性役も演じてきた。そして宝塚で男性役を務めた経験が、今回のオペラ出演への道を開いたのだ。
大和さんが出演する「魔弾の射手」は、ワーグナーよりも前の時代、19世紀初めの初期ロマン派が生んだドイツオペラの傑作といわれる。狩人の男が恋人の父親に、射撃大会で良い結果を出さなければ結婚を認めないと言われ、悪魔の力を借りて望み通りに命中する魔弾を作る物語だ。大和さんはその悪魔役を演じる。歌うことはなく、せりふと演技による語り役ではあるが、物語のカギを握る重要な役回りだ。なぜ大和さんが選ばれたのか。
東京二期会の山口毅事務局長によると、今回の舞台を手掛ける欧州屈指のオペラ演出家、ペーター・コンヴィチュニー氏は「悪魔役は女優に演じてもらいたい。ただ、男性と女性のどちらも演じられる人が欲しい」と注文をつけた。男性役も演じられる女優で、音楽への造詣も深いという条件にぴったりなのは誰か。そこで大和さんをコンヴィチュニー氏に提案すると、すぐに起用が決まったという。
この選考の経緯について大和さんは「宝塚を卒業し、いろんな仕事をすればするほど、宝塚での経験に感謝することが多い。宝塚の男役を務めた、というのは誰にもできることではない特別な経験で、大切にしたい」と話す。
今回の舞台の演出はこれからだが、せりふは日本語になる。大和さんはどんな悪魔を演じるのか。「宝塚では悪魔を扱った作品が意外と多い。存在感があって冷酷だけどかっこいい役であることがほとんどなので、悪魔というとそのイメージがある。今回の舞台では男性になったり女性になったり、場面によって性別も変わる。私が思い描いている宝塚時代の悪魔の要素も入れながら、自分の引き出しの中から全てを出して演じられたらいいと思う」
■オペラとの出合いはマリア・カラス
大和さんのオペラとの出会いは、宝塚時代に聴いた1枚のCDだ。「(20世紀最高のソプラノといわれる)マリア・カラスの歌声を聴いて心動かされ、とりこになった。ひまさえあればお風呂で聴いているが、マリア・カラスの声は独特だと思う。同じ曲を歌う他の歌手を聴いて、再びマリア・カラスを聴くとそのすごさがわかる。オペラはドラマチックな物語が多いが、マリア・カラスは私生活もまるでオペラのように波乱に満ちていて、その生きざまにも憧れる。以来、オペラに夢中になり、少しでも時間がとれれば海外のオペラハウスに行って、たくさんのオペラを見てきた」
そのオペラへの情熱から、今ではオペラについて語るイベントを開いたり、オペラに関する本の出版まで行ったりしている。「いつかオペラの舞台に立ちたいと願っていたが、夢のまた夢だと思っていた。今回出演の機会をいただいて夢がかない、本当に幸せだと思う」
宝塚の舞台に立ち、歌と踊りで観客を魅了してきた大和さん。同じ舞台芸術のオペラの魅力をどうとらえているのか、聞いた。
「オペラは何百年も前から現代まで人々に愛され、磨き抜かれてきた、完成された作品だと思う。だからこそ演出を変えて、何度でも様々な手法で舞台を作ることができる」。一方、宝塚歌劇団の基礎にあるのはスター制度だ。「トップスターに選ばれた者は観客に夢やときめきを与え、ファンを魅了しなくてはならない。そのために演出家は、それぞれのスターの魅力が一番引き立つような舞台を毎回新しく作り上げる。誰が演じても感動を与える、完成されたオペラとは大きく違う点だと思う」
オペラという新しい世界に挑む大和さん。そのパワーはどこから来るのか。「最初の夢だった宝塚の世界で、力を出し尽くしたという思いがある。トップスターになれるのは同期が40人いる中で、1人いるかいないか。70人いる組の頂点を目指す戦いは、今思い返すとすさまじかった。宝塚のトップになって、精神が鍛えられた。その経験があるから、いま再び新しいものに立ち向かって行くことを楽しめるのだと思う」
記者会見の数日後には、大和さんはオペラの研究のためにミラノに飛んだ。1年後にどんな悪魔が舞台に姿を現すか、想像は膨らむ。
(映像報道部 槍田真希子)
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