新国立劇場14年ぶり「ウェルテル」 魅力語る歌手
新国立劇場(東京・渋谷)がフランスの作曲家マスネのオペラ「ウェルテル」を14年ぶりに上演中だ。ドイツの文豪ゲーテの小説「若きウェルテルの悩み」に基づくフランス語のオペラ。ゲネプロ(総舞台稽古)の映像を交え、ウェルテル役のディミトリー・コルチャックさん、シャルロット役のエレーナ・マクシモワさんが、日本で上演機会の少ないフランスオペラの魅力を語る。
「リリック」と「ロマンチック」。インタビューをした2人のロシア人歌手が、オペラ「ウェルテル」について繰り返し口にした言葉だ。インタビューの詳細は映像でご覧いただきたいが、叙情とロマンが全編を覆うオペラというのが、2人の共通認識のようだ。
「文学の言葉、詩で、若い男女2人を歌い上げるオペラです。若い頃にのみ可能な、春のような、桜のような愛のかたち。人生の春のオペラなのです」。ウェルテルに求愛されながらも別の男性と結婚するシャルロット役のメゾソプラノ、マクシモワさんは、役柄そのままの夢見心地の雰囲気でこう話す。
ウェルテル役のテノール、コルチャックさんは「主人公は非常にロマンチックな性格の人物。シャルロットにもう来ないでと言われると、命を絶とうとするほど、若すぎて感情が豊かな役柄」と語る。歌唱については「フランス語という言語自体が持つ色合いが魅力。状況に応じて異なる歌い方を求められる」と言う。
作曲家のジュール・マスネ(1842~1912年)は「マノン」「タイス」など近代フランスを代表するオペラの傑作を書いているが、日本ではあまり上演されない。オペラに詳しい音楽評論家の加藤浩子さんは「マスネは19世紀の大ヒット作曲家」と説明する。「フランスオペラは語り的なものから出発しているので、口ずさめる歌が多いイタリアオペラとは異なる。それでもマスネの作品は繊細な旋律美を持ち、管弦楽もイタリアオペラよりはるかに充実している」と指摘する。
日本で最も知られるマスネの作品は、オペラ「タイス」の間奏曲「タイスの瞑想(めいそう)曲」だろう。それが「ウェルテル」ともなると「特に日本ではあまり上演されないので、よほどの音楽好きでもなかなか接する機会がない」と加藤さんは言う。
なぜそうなのか。マスネが活躍した19世紀には、ドイツのワーグナーとイタリアのヴェルディというオペラの二大作曲家がいた事情もある。日本では彼ら独伊のオペラに比べフランスものはやや影が薄い。ニーチェはワーグナーと対立してからビゼーの「カルメン」を高く評価したが、フランスにはビゼーに限らずマスネやグノーらオペラの大家がいた。日本の歌劇場と聴き手がフランスオペラを開拓する余地は大きそうだ。
3月31日の新国立劇場でのゲネプロは、フランスのベテラン演出家ニコラ・ジョエルによる舞台の美しさが目を見張った。時代考証に基づく気品のある伝統的舞台。ドイツの森や山々を思わせる果てしない自然の風景。そこで演じられる若者2人の恋愛劇は、初心者にも分かりやすく、典型的なオペラの美質を備えているといえる。管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団。指揮はフランスの巨匠ミシェル・プラッソン氏の息子のエマニュエル・プラッソン氏。繊細な叙情性に包まれた音楽ながら、きめ細かいテンポの管理で引き締まった構成感を目指している。
「ウェルテル」は原作がドイツ文学であるのみならず、ワーグナーの影響も感じさせる。「心中オペラではありませんが、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』を思わせるほど愛と死がとことんテーマ。メロドラマ風のトリスタンと言ってもいい。甘美でロマンチックです」と加藤さんはゲネプロの感想を述べる。
主役とヒロインの歌手2人が上演の決め手になるのはいうまでもない。コルチャックさんは甘く繊細な声質に声量も加わり、欧米の歌劇場での出演が相次ぐ。10月の東京文化会館でのワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー・オペラによるチャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」にもレンスキー役で出演する。一方のマクシモワさんは今最も注目されるメゾソプラノの一人。2017年1月の新国立劇場でのビゼー「カルメン」に題名役で出演する予定だ。
「ウェルテル」は4月3日に開演し、同6、9、13、16日に上演。「桜の咲く日本で歌うことに、このオペラとの縁を感じます」とマクシモワさん。桜が散る頃、早春のようにはかない愛の悲劇も終わる。
(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)
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