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坂本龍一 役作り曲作り、『ラストエンペラー』の狂騒 編集委員 小林明

2018/10/5

「監督は随分悩んでいたようですが、結局、拳銃で自殺することで落ち着いた。でも、実際には甘粕さんは服毒自殺したんですけどね……」

■甘粕元太尉の切腹シーンは阻止、映画音楽は撮影後に依頼

――満州は戦後文学界の礎を築いたとされる編集者の父、一亀さん(旧河出書房『文藝』編集長で三島由紀夫の『仮面の告白』などを世に送り出す)が学徒出陣で出征していた土地でしたね。

「『ラストエンペラー』では北京の紫禁城を借り切る大がかりなロケをして、さらに大連、長春へと移動しながら撮影したのですが、碁盤の目のような広々とした道路やファシズム建築など都市計画が興味深かった。関東軍将校が遊んだビリヤード道具なども残っていて、タイムスリップした気分になりました。日本にいる父に現地から電話を入れると、『寒いから気を付けろよ』なんて気遣ってくれましたね。父は戦時中、ロシアとの国境沿いにいたことがあるので、感慨深そうでした」

――なぜ映画音楽を担当することになったのですか。

『ラストエンペラー』の音楽は撮影後に突然依頼され、わずか2週間で仕上げたという

「ベルトルッチ監督と旧知の仲で『荒野の用心棒』などの映画音楽を手がけた作曲家のエンニオ・モリコーネが『自分に音楽をやらせろ』と毎日のように電話で催促していたらしいので、当初は僕に音楽を任せるつもりはなかったと思います。でも撮影が終わって約半年後。仕事でニューヨークにいた僕にプロデューサーのジェレミー・トーマスから電話があり、『1週間で映画音楽を作ってくれ』といきなり言われたので面食らいました。『1週間ではさすがに厳しい。せめて2週間は欲しい』と頼み込み、東京で1週間、ロンドンで1週間という地獄のような強行軍で仕上げました。ほぼ不眠不休でしたが、若かったからできたんだと思います」

■受賞後にホテルの部屋に続々、リンチ監督ら映画有名人

――『ラストエンペラー』で見事、日本人初のアカデミー賞作曲賞(87年度)に輝きます。曲作りでは何を心がけたんですか。

「監督は『舞台は中国だが欧州の映画だし、戦前・戦中の話だが現代の話でもある。それを表す音楽にしてほしい』なんて難しいことを注文してきた。でも、悩んでいる暇はないので、とにかく西洋風のオーケストラ音楽に中国的な要素を盛り込み、ファシズムの台頭を感じさせるイメージで曲を作ることにしました。結局、『ラストエンペラー』はアカデミー賞で作曲賞など計9部門を独占します」

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