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西郷どんも食べた? 奄美大島の「鶏飯」と「鶏飯丼」

2018/9/11

鶏飯専門店「ひさ倉」の鶏飯

奄美大島は今年のNHK大河ドラマ「西郷どん」の舞台に取り上げられ、世界自然文化遺産への登録を目指していることもあって注目を浴びている。格安航空会社(LCC)の便が就航して観光客が増え続け、奄美大島、徳之島、沖永良部島、加計呂麻島、喜界島、与論島(いずれも鹿児島県)などから成る奄美群島は2017年、年間の来訪者が60万人を超えた。そして奄美大島を訪れた人が一度は食べるのでは、と思われるのが鶏飯(けいはん)だ。

鶏飯は簡単に言えば鶏茶漬けだ。割いた鶏肉、錦糸卵、シイタケ、パパイアの漬物、紅ショウガ、粉末にしたかんきつ類の皮などの具材を白米の上に載せ、鶏をゆでた汁を淡口しょうゆなどで味を調えたスープをかけて食べる料理だ。2007年に農林水産省が選定した郷土料理百選で、山形の芋煮に次いで第2位に輝いている。

奄美大島を取り上げた観光ガイドブックでは、鶏飯は土地を代表する料理として筆頭に大きく取り上げられることがほとんどだ。しかし、その成り立ちや発展の経過には、よく分かっていないことが多い。

山が海のすぐそばまで迫る奄美らしい景色

今村規子著『名越左源太の見た幕末奄美の食と菓子』によれば、奄美大島の鶏飯について触れている最も古い文献は1850年に薩摩藩の内紛によって奄美大島に遠島となった名越左源太が記した『大島遠島録』だ。名越が「飯は鶏の汁で、入具は木瓜(きゅうり)、牛蒡(ごぼう)」などの料理で歓待を受けたという記述がある。

しかし、鶏飯という名の料理は『合類日用料理抄』(1689年)を最古に、江戸時代に出た多くの料理書に載っている。『名越左源太の見た幕末奄美の食と菓子』によればこの「鶏飯」は「けいはん」ではなく「にわとりめし」と読み、鶏のゆで汁を使った炊き込みご飯と推定されている。これが次第に現在の鶏飯に近い形になったと考えられる。

「琉球には菜飯(セーファン)と呼ばれる鶏飯に似た宮廷料理があり、これが奄美の鶏飯の起源では」と話すのは、駒澤大学文学部地理学科の須山聡教授だ。須山教授はこれまで、奄美大島で学生と共にフィールドワークを続け、『奄美大島の地域性』という書籍などに成果をまとめている。

駒澤大学の須山聡教授

「奄美でごちそうと言えばまず豚ですが、支配する側の薩摩藩では実は意外と食べられていなかった。だから、徴税する側の役人においしいものを食べさせて満足させ、税を少しでも重くならないようにしたかったのですが、食べ慣れなくて箸が進まなかった。そこで豚を鶏に置き換えたところ、よく食べてもらえるようになったのでは」(須山教授)

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