肉がうまくて止まらない アルゼンチンの魔法のソース

中南米でレストランに入ると、テーブルに緑色のソースが置かれていたり、最初に緑色のソースがパンとともに運ばれてきたりすることが多い。初めてこのソースに出合ったとき、試しにパンにつけたらあまりにおいしくて食べるのが止まらなかったことを思い出す。
緑の正体はフレッシュなハーブ。オリーブオイルと酢の中に刻んだパセリとニンニクなどが入っている。店のカマレーロ(ウェイター)に、それは「チミチュリ」というソースで、肉にかけるソースなのだと教えてもらった。
その後出てきた牛肉のステーキにつけて食べると、なるほど、これは肉に最高に合う! 日本ではサシが入った霜降りの軟らかい牛肉を好む人が多いが、中南米では赤身の肉が好まれる。チミチュリをかけると、脂の少ない赤身肉にオリーブオイルが加わり、まろやかな味に。ニンニク味が食欲をそそり、やたらと箸が進む(実際にはフォークだが)。
そろそろお腹がいっぱいになりそうと思っても、パセリの苦みとさわやかな酢の酸味で口の中がリフレッシュされ、いくらでも食べられそうな「無限のループ」に突入する。
グリルした鶏肉や豚肉にも合う。肉だけでなく、つけ合わせのジャガイモにかけてもうまい。ペルーではホタテにチミチュリをかけて焼いたものを食べたこともあった。ホタテの淡泊な味にニンニクとオイルのこってり味とハーブのさわやかな味が加わってとてもおいしく、シーフードにも合うのだなと思った。

このようにチミチュリは「肉がいくらでも食える魔法のソース」であり、肉・野菜・魚介なんにでも合う「万能ソース」なのである。中米でも南米でもレストランで普通に見かけるし、スーパーでも瓶入りのものや、オイルと酢に加えるだけで簡単にできる「チミチュリの素」のような乾燥ハーブミックスも売られている。米国でも10年くらい前からはやっていると聞いた。

南北アメリカ大陸で定番化しているこのソース、発祥はアルゼンチンとのこと。
この国は日本から見てほとんど地球の真裏に位置するゆえ、多くの日本人にとって「タンゴ」や「サッカー」のイメージしかないかもしれない。しかし、中南米にいると、アルゼンチンは「牛肉のうまい国」という位置付けである(サッカーが盛んなのはどの国も同じ)。
この国には「アサード」という、スペイン語で「焼く」という意味を持つ伝統料理がある。簡単に言えばバーベキューのこと。牛肉をメインに、鶏・豚など塊肉を岩塩だけで味付けし、弱火でじっくりと1~2時間かけて焼いて食べる。
「ガウチョ」と呼ばれるカウボーイたちが草原で牛肉を焼いて食べていたのが始まり。荒くれ男のバーベキューだから、味つけもスタイルもシンプルで豪快なのが特徴だ。
大阪の「一家に一台たこ焼き器」ではないが、アルゼンチンも一軒家には必ずアサードの炉がついている。そして、毎週日曜日になると家族や友人が集まり、一家のお父さんがアサードをふるまうのだと、私のスペイン語の先生であるアルゼンチン人が教えてくれた。

アルゼンチン以外の南米や中米の国にもたいていアサードのレストランがあり、誕生日などのハレの日や景気をつけたいときには「よし、アルゼンチンの牛肉を食いに行こうぜ!」という話になる。世界的にも有名なアルゼンチンのワイン産地・メンドーサの赤ワインと合わせれば最高のディナーだ。
ブラジル式バーベキュー「シュラスコ」の店も見かけなくはないが、アサードのレストランのほうが多い。日本で「和牛=高級、おいしい」と思われているように、中南米ではアルゼンチン産牛肉がひとつのブランド、ごちそうなのだ。
OECD(経済協力開発機構)によれば、アルゼンチンは1人当たりの牛肉の年間消費量が約41キログラムで、ウルグアイの約43キログラムに次いで世界第2位。3位はブラジルで約26キログラム、日本は22位で約7キログラムなので、上位2カ国は飛びぬけて「肉食」だということがわかる。
世界的にも桁外れに牛肉を食う国民が牛肉のおいしい食べ方を知らないはずがない。チミチュリはアサードに欠かせないソースであり、ということは牛肉を最もおいしく食べるために編み出されたと言えるかもしれない。

さて、日本はバーベキューシーズン真っただ中。定番の焼き肉のタレもいいけれど、たまには変化球でチミチュリを出してみるのもいかがだろうか。簡単なレシピを紹介する。
パセリ … 1束 / ニンニク … 7~8片 / オレガノ … 少々 / トウガラシ … 少々 / オリーブオイル … 1カップ / ワインビネガー(なければ米酢) … 大さじ5 / 塩・コショウ … 少々
(1)ニンニクは皮をむき、細かくみじん切りにする
(2)パセリとトウガラシも細かくみじん切りする
(3)ふた付きの保存容器などにすべての材料を入れてよく混ぜる
以上である。フードプロセッサーを持っている人はすべての材料を入れてかきまぜるだけでできる。
国によって、あるいは家庭・レストランによってちょっとずつレシピは違い、コリアンダー(パクチー・香菜)やバジル、タマネギが入っている場合もある。必ず入っているのはパセリ、ニンニク、オリーブオイル、ビネガーの4つ。日本だと、から揚げなどに申し訳なさそうに添えられて、しかも無視されがちなパセリがたっぷりと使われているのがポイントだ。パセリの香りのもととなる精油成分が、 肉料理のあとに食べると、口の中をスッキリさせてくれるし、食後のガムのように1茎かむと、口臭を消してくれる。肉のソースとして使ったり、揚げ物に添えたりするのは理にかなっている。
冷蔵庫にストックしておけば、バーベキューだけでなく、いろいろな料理に応用できる。ゆでたパスタにかければ、バジルならぬパセリのスパゲティーに。生のホタテや白身魚の刺し身にかけてカルパッチョ風もまたおいしい。グリルしたエビにも合う。

今年5月、アルゼンチンのエチェベレ農産業相と日本の齋藤健農林水産大臣が会談し、それぞれの国で生産された牛肉の相互輸入を解禁するとのニュースがあった。近年日本ではアルゼンチンでの口蹄疫発生を理由に同国産牛肉の輸入を認めていなかったが、パタゴニア地方では15年以上口蹄疫が発生していないことから輸入を認める動きとなったようだ。
これからは「アメリカン・ビーフ」や「オージー・ビーフ」のように「アルゼンチン・ビーフ」もスーパーで見かけるようになるのかもしれない。また、日本も今、「空前の肉ブーム」と言われ、「赤身肉」にも注目が集まるようになってきた。赤身の塊肉を見かけたら、是非とも魔法のソース、チミチュリを試してみてはいかがだろうか。
(ライター 柏木珠希)
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