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World Food Watch

ウエーターがボス ウルフギャング創業者のステーキ道

2018/8/9

「ウルフギャング・ステーキハウス」の創業者ウルフギャング・ズウィナー氏(東京「ウルフギャング・ステーキハウス 丸の内店」にて)

今年7月、米国の有名ステーキハウス「ウルフギャング・ステーキハウス」の創業者ウルフギャング・ズウィナー氏が来日した。最上級の牛肉を使用したステーキを提供する同店は、2004年ニューヨークに1号店を開店して以来大きな評判を呼び、世界各国に出店。日本には2014年に上陸、米国国外では初の出店で、以来東京・大阪・福岡で4店を展開する(2018年8月現在)。64歳でウエーターの仕事を引退してから自分の店を開き華々しい第2の人生を歩み始めたズウィナー氏に、仕事への思いを聞いた。

--ドイツ出身で1960年に渡米されたそうですね。

ニューヨークに来たのは20代のはじめでした。出身地であるドイツ北部の都市ブレーメンでホテルとレストランの専門学校に2年通ったのですが、米国に来た当初、まず勤めたのはおじのいたエレベーターの会社でした。でも、仕事が好きではなくほどなくホテルでウエーターとして働き始めた。そのうちドイツ人の元同僚が、「いい仕事を見つけたよ」と電話してきたんです。それが、1887年創業の老舗ステーキハウス「ピーター・ルーガー」でした。これがきっかけで、私も同店で働くことになりました。

「ピーター・ルーガー」はブルックリンとロングアイランドに店を構えていて、最初の勤務地はロングアイランドでした。でも3週間ぐらいしてから、ブルックリンの店のスタッフが病気になり、こちらに来てくれという話になった。それから40年、定年までこの店で働きました。

--それだけ長く働かれたということは、店にどんな魅力があったのでしょう。

私が仕事を始めたときは、皿洗いから、料理人、ウエートレスまでドイツ人ばかりだったんです。とても居心地が良く楽しく仕事ができました。1967年、前任者が亡くなったのを機にヘッドウエーターになりました。その後、マネージャーへの昇格も打診されたのですが、ウエーターならチップをもらえるけれど管理職は給料をもらって終わり。米国ではチップの収入が大きいですからね。だから、昇格を断り引退する年齢になるまでウエーターとして働いたんです。

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