飲めるドーナツって何? 都内唯一のポーランド料理店
6月28日はサッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会のポーランド戦。敵はいったいどんなものを食べているのか。ポーランドの食はなじみが薄いが、6月24日、東京・調布市に都内唯一という小さなポーランド料理専門店が開店した。
「ポンチキヤ」――。店主は坂元萌衣子さん。作曲家ショパンが大好きで大学ではポーランド語を専攻。その故国を知りたいと3年次に同国に留学しただけでなく、毎年のように訪れていたほどのポーランドラバーだ。
店の看板商品は店名の通り「ポンチキ」。ポーランドのドーナツだ。日本のあんドーナツのような穴のない丸い形をしていて生地はふわふわ。中にジャムやクリームなどが入る。現地では「国民食」と言っていいぐらい人気のあるお菓子で、スーパーからキオスク、専門店まであらゆる場所で売られ、同国には「ポンチキの日」と呼ばれるこのドーナツを食べまくる日まである。その騒ぎっぷりは以前の記事、「ポーランド『脂の木曜日』 国挙げてドーナツ食べる日」でお伝えした通りだ。
実は坂元さん、最初からこれを格別おいしいお菓子だと思っていたわけではなかったという。ところが、いつも行列ができていて揚げたてが飛ぶように売れる首都ワルシャワの有名専門店のものを食べ、「なんておいしいんだろう」と衝撃を受けた。
10種類ほどあった中、坂元さんが特に気に入ったのはキャラメル入り。クリームの味が均一ではなく、とろりとしたキャラメルの中にさらに濃厚な味わいの部分があり、極上のお菓子のようであったからだ。同店のものは、留学中ポーランドを訪れた坂元さんの父もその魅力にはまったほど。「甘いものが好きな父ではないのですが、帰国日に『あれを持って帰りたい』と、タクシーでわざわざお店まで行ったんですよ」と振り返る。
もともと料理が好きで自分の店を開くのが夢だった坂元さんは、大学卒業後、会社勤めをしながら料理学校で勉強。4年前にはポーランド料理のケータリングや移動販売を始めた。移動販売店では弁当やドーナツを売り始めたのだが、最初は自分がイメージしたものを作ることができなかったという。
移動販売店を立ち上げたばかりの頃、坂元さんのポンチキを食べたことがある。みっちりと重量感がある生地のドーナツで、正直あまりおいしいとは思わなかった。坂元さんにそれを伝えると申し訳なさそうな顔になった。
「帰国後研究を重ねて『これだ!』と思えるポンチキができてから営業を始めたのですが、生地は気候などによって膨らみ方が大きく変わる上、大量に作るようになると、発酵状態がベストになるタイミングを調整するのも大変で。これと思う味に仕上げられるようになるまで少し時間がかかってしまったんです」
坂元さんは当初、日本で知られていないポーランド料理を紹介したいという思いはあったものの、特にポンチキを主力商品とする考えはなかった。ところが、思った以上に客の反応がよかったため、これが看板商品に育ちネット販売も始めた。これまでで一番売れたイベントでの移動販売では、1日1000個も売れたという。
新しく開店した店は、単に「ポンチキが買える店」ではない。ここでしか食べられない揚げたてのポンチキを味わえるのだ。「揚げたては、ものすごく生地が軟らかくて、するするっと飲めちゃうんです」と坂元さんは言う。飲めるドーナツ? これは、ただ事ではない。
早速、オープン前に店で催された開店記念パーティーで食べてみた。「今から揚げたてを出します!」という坂元さんの声に、急いでカウンターに並べられたドーナツを手に取る。本国で一番人気のバラジャムのドーナツだ。上にうっすらと砂糖衣がかかった温かいドーナツにかじりつくと、生地が口の中で溶けるように軟らかで、するりと喉元を通り抜けるような感覚があった。
「飲める」というのはこういうことか。さらにすごいと思ったのは、中に入ったバラのジャム。バラの花びらをふんだんに使った手作りジャムで、濃厚な香りが立ち上るのはもちろん、揚げたてのため、まるでジュースのように生地からとろとろと流れ出したのだ。
パーティーの様子を取材していた来日4年というポーランド人ユーチューバー、エミル・トルシュコフキさんも、「本当においしい。ワルシャワのおいしい専門店に引けを取らない」と絶賛する。坂元さんと親交のあるポーランド人家族も訪れ、皆でいくつもほおばっていて、東京の一角にぽっこり、ポーランドの街の風景が現れたようだった。
「ポンチキヤ」では、定番のバラジャムのほか、ラズベリージャム、チョコレート、カスタード、アドボカート(卵のリキュール)、季節のジャムのポンチキをラインアップ。季節のジャムは日本ならではの食材を使うときもあり、今の時期に店頭に並ぶのは梅ジャム入りだ。
また、本国で定番の甘いものだけでなく、同じ生地を使ったオリジナルサンドイッチも提供。卵やツナといった日本のサンドイッチ風の具のほか、ポーランドのソーセージを使ったものもある。ソーセージは栃木の肉店が製法にこだわり作るもので、「本場の味なんです」と坂元さん。
同店のもう一つの主力メニューは、ポーランドのギョーザ「ピエロギ」(「ポーランドで『ギョーザ』が人気 専門チェーンも繁盛」参照)だ。これまで移動販売やネットでも扱ってきた人気商品で、ここでは現地で定番の肉やジャガイモとチーズ入りのほか、日本風のツナ入りのピエロギを出す。肉の種類はその日によって変わるが、パーティーで出たものは豚肉を使っていて、パテのような深みのある味わいだった。
ピエロギはポーランドでは食堂やレストランだけなく、バーのメニューにもある料理。同店でもポーランドのビールなどお酒を提供しているので、これをさかなに現地のバーの気分を味わうこともできそうだ。ちなみに、坂元さんお薦めの酒はウオッカのリンゴジュース割り。本国では大定番のカクテルで、黄金色の透明なリンゴジュースでウオッカを割ったすっきり爽やかな味わい。
そのほか、「本日のポーランド料理」や「ズパ・オグルコヴァ」という発酵キュウリを使用したスープもメニューに並ぶ。「ズパ・オグルコヴァ」は子供から大人までポーランド人が大好きな「これぞポーランドの味」とも言われるスープで、独特の酸味とコクがある。パーティーではトルシュコフキさんが「久々に飲んだ!」とうれしそうな声を上げていた。「最初は手が回らないのでメニューを絞り、徐々にラインアップを増やしていきたい」と坂元さんは言う。
さて、件の揚げたてポンチキは、店でも常に出合えるわけではないが、「営業が落ち着いてきたら、揚げたてを出す時間を決めてお知らせしたい」と坂元さん。「飲める」ドーナツとはどんなものか、ぜひ味わってみてほしい。
*価格は取材時のもので、すべて税込み
(フリーライター メレンダ千春)
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