とことん実地調査 コンサルと文化人類学の意外な接点本徳亜矢子アクセンチュア・マネジング・ディレクターが語る(下)

本徳亜矢子アクセンチュア・マネジング・ディレクター
本徳亜矢子アクセンチュア・マネジング・ディレクター

コンサルティング大手アクセンチュアの本徳亜矢子マネジング・ディレクター(43)は、筑波大学・大学院時代、クジラの研究をしていた変わり種コンサルタント。一見、何の接点もないクジラとコンサルティングだが、実は共通点が多く、「大学時代の研究や経験は、今の仕事にも大いに役立っている」と本徳氏は話す。(前回の記事は「クジラ研究で鍛えた交渉力 凄腕コンサルの筑波大時代」

大学3年から捕鯨基地に通い始めた。

大学3年になり、当初の目的だったクジラの研究を本格的に始めました。といっても、正確に言うと、日本の捕鯨文化の研究です。

日本の捕鯨は今、国際捕鯨連盟の管理下に置かれていますが、それは基本的に南氷洋などの公海で行う母船式捕鯨。私の研究対象は、日本政府管理下で沿岸に回遊するツチクジラという種類を対象にした沿岸捕鯨でした。

最初にフィールドワークの場所に選んだのは、宮城県石巻市鮎川地区の捕鯨基地。漁期である7月から9月までの3カ月間、民宿を仮住まいにして、捕鯨の様子や人々の生活、地元に残る口承などを記録し続けました。

この時も最初が大変でした。まず地元の捕鯨会社にあいさつに行きましたが、すでに反捕鯨運動が活発でしたので、大学の研究で来たと説明しても非常に警戒されました。特に若い女性だと、反捕鯨団体のスパイではないかと疑われる。実際、最初の頃はけんもほろろに拒絶されました。でも、それはこちらも慣れっこ。粘り強く交渉、説得したら、あるとき捕鯨船の砲手(捕鯨砲を撃つ捕鯨船のリーダー)に出会え、最後は何とか受け入れてもらえました。

現地では、漁のある日は捕獲したクジラの荷揚げや解体の様子を見学。解体する時は必ず水産庁の担当者が立ちあい、大きさを測ったり胃の内容物を調べたりするのですが、私もよくメジャーを持って手伝いました。研究とは直接関係ありませんでしたが、面白がってやっていました。

漁のない時は捕鯨会社の人にヒアリングしたり、クジラ肉の販売業者を訪ねたり、一般の家庭でクジラ料理をごちそうになったり、そうやってコミュニティーに徐々に溶け込んでいくことができました。

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