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それでも親子

Jリーガー・高木俊幸さん 「試合は私生活映す」と父

2018/6/8

1991年生まれ。東京ヴェルディユースなどから10年東京ヴェルディとプロ契約。清水エスパルス、浦和レッズを経て、18年からセレッソ大阪。J1リーグ戦は通算180試合出場28得点。

 著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回はJリーガーの高木俊幸さんだ。

 ――お父さんはプロ野球の横浜ベイスターズなどで活躍し、解説者に転じた高木豊さん。俊幸さんを含めて3人兄弟は皆Jリーガー。サッカーを始めるとき、お父さんは何か言いましたか?

 「僕は幼稚園のときにサッカーを始めましたが、小学1年生のときに1年間だけ野球をやったんです。父と遊ぶときはキャッチボールとかでしたし。でも、やっぱりサッカーがいいな、と思って父に伝えたら、近所のサッカー場に連れて行かれて『向こうの壁にタッチして何秒以内に戻って来れたら、いいよ』っていわれたんです」

 「必死に走りましたね。設定タイムをクリアして、サッカーをやることを許してもらいましたが、そのとき父はタイムよりも、僕の走っている顔つきを見ていたそうです。『どれだけ本気かを測っていた』。後にそう言われました」

 ――お父さんは、時間があるときによく試合を見に来ていたとか。

 「僕は小さい頃、気持ちにムラがあってそれがプレーに表れることがありました。試合でよくない(消極的な)プレーをしたとき、母に言われるんです。『2階(の書斎)でお父さんが呼んでるよ』って。そうなると心臓はバクバク。恐る恐るドアを開けると、父がドーンと座っていて『なんで今日は自分から仕掛けていかなかった。おまえの良さは何なんだ?』って諭されました」

 「父はサッカー選手ではないから、技術面には言及しません。けれども同じアスリートとして試合に挑む気持ち、ハートの面について、よくアドバイスされましたね。それで僕も自分のことを見つめ直し、常に積極プレーを心掛けるようになりました」

 ――日出高校(東京・目黒)を卒業後、すぐにプロの世界に飛び込みました。

 「当初は父も大学に進学してほしかったようで、野球の早慶戦にも連れて行ってくれました。でも僕が東京ヴェルディでプロになることを決めると、温かく見守ってくれました。厳しい面もありますが、最終的な決断は僕ら子供の意志を尊重してくれる。その点は本当に感謝しています」

 ――お父さんの言葉で印象に残っているのは?

 「『私生活がプレーに出る』です。部屋が散らかっていたり、身だしなみがだらしなかったりすると、そうした部分が知らず知らずのうちにプレーに出る、という意味です。特にスパイクなど汚れていたら、商売道具は大事にするように、と言われました」

 「小さいころ家族で出かけると、みんなが父にあいさつに来て、父も気軽にサインなどに応じる姿を見てきました。僕も日本中のみんなが知っているような選手になりたいですし、父と同様にファンの方々を大事にしたいと思っています」

[日本経済新聞夕刊2018年6月5日付]

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