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それでも親子

タレント・鈴木ちなみさん 大げんかも翌日は仲良し

2018/6/1

1989年岐阜県多治見市生まれ。2008年にファッション誌のモデルとしてデビュー。女優やタレント、企業CMなどで活躍。情報番組のリポーター、コメンテーターもこなす。

 著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回はタレントの鈴木ちなみさんだ。

 ――地方公務員の両親は今でも現役です。

 「妹2人と両親の5人家族。両親が仕事に出掛けるのは当たり前のことだと物心付く前から感じていたので寂しくはありませんでした。その分、朝夕と休日は家族5人のための時間でした。小さい頃は近所の公園で父と怪獣ごっこが土日の定番。しつけ担当は母。正直怖かったですが、理不尽だとは思いませんでした。母は3姉妹に平等でしっかりと話を聞いてくれました」

 ――体育会系女子だそうですね。

 「中高一貫の女子校で新体操部に所属、部長も務めました。何部に入部するか迷っていると、母から『6年間続けられる部活にしなさい』と。新体操一色でしたが、忍耐と努力、折れない心の大切さを学びました」

 ――悩みを真っ先に打ち明けるのは両親だったとか。

 「中高6年間は両親が交代で駅に車で迎えに来てくれました。自宅までの数十分、車内は相談室に。学校や友達、部活のことなど様々な悩みを相談しました。何でも話せたのは信頼していたからかな」

 「今でも、母や妹たちとはメールや電話で頻繁にやり取りしています。父とは共通の趣味である読書の話が多いです。お気に入りを互いに交換し、感想を聞く。幼い頃は自宅の机の上に、お薦めの本がこそっと置かれていました。娘とどう接するか父の努力がほほ笑ましく感じます」

 ――両親の後押しなしでは芸能界入りはなかった。

 「高校時代にスカウトされました。モデルや女優は憧れの職業でしたが未知の分野。喜びよりも不安に押しつぶされそうでした。『チャンスよ。誰もがやれることではないし、やってみたら』と母。父も『何かあったら戻ってくればいいことだ』。飄々(ひょうひょう)とした対応でしたが、私には帰る場所と家族があると強く感じ、目前の霧が一気に晴れました」

 ――親子げんかとは無縁?

 「両親、妹たちとのけんかはしょっちゅう。かなり激しくやり合います。先日も母と電話で大げんかに。でも、けんかというよりは憂さ晴らし。ストレス発散の場です。翌日は互いに謝ることが鈴木家のルール。気分すっきりで一日がスタートできます」

 ――芸能活動は可能な限り続けていく。

 「将来は家族を持ちたいですが、専業主婦は選択肢になく、育児をしながら仕事を続けるつもり。両親が目標です。我が家では母が仕事と家庭を両立し、父は家族を守りながら母もサポートしています。互いを支え合う環境と家族みんなが安らげる場所をつくる女性、母になりたい。芸能活動を通じ働く女性の在り方を発信できたらと常に考えていますが、母からは『ハングリー精神が足りない』と言われます。まだまだですね」

[日本経済新聞夕刊2018年5月29日付]

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