
「シンガポールでは富裕層の間で、『和食レストランで日本酒を味わいながらその雰囲気を楽しむ』というのが、いま一つのステイタスになっているんです」と岡氏。30代後半~50代の富裕層に特に人気で、日本酒を注文する客の場合、客単価は100シンガポールドル(8000円)ほど。もはやラーメン店の単価ではない。
日本酒の香りや味の違いはまだそれほど理解されていないものの、日本のちょい飲みセットのようなものを用意したりすることで、できるだけ注文しやすく工夫し、「何県の酒なのか。同じ銘柄なのに製法が違うのか?」など興味を示してくれるようになってきているという。また特に外国人に大事なのは「酸度」。ワインと同じ感覚で楽しむ人が多いので、酸度がノーマルなのか、強いのかが分かるように表示することが大事なのだそう。
シンガポールの他店舗に比べ、同店の売り上げに占めるアルコールの割合は約2倍。他店ではアルコールのメインがビールなのに対し、同店では圧倒的に日本酒が売れている。日本酒目当てのお客様も少なくない。
■KAWAII! 空の酒瓶を持ち帰るシンガポール人も
「BAR IPPUDO」では、日本人からすると「ありえな~い!」と驚いてしまうようなこともたまに起きているのだとか。

「当店では赤と白の有田焼のおちょこなども用意してるのですが、おちょこをそのまま買って帰りたいというお客様がよくいらっしゃいます。あと、空になったボトルをそのまま持ち帰りたいというお客様も多いです。ミニボトルならまだ分かりますが、720ミリリットルのボトルは結構大きいし重いので、酔った後に大丈夫なのかと、最初は驚きました」と岡氏。
また日本酒を飲み慣れない客は、飲みかけボトルをそのまま持ち帰ることもできる。専用の紙袋まで用意しており、「続きは後日、自宅で楽しむ」という人も。ほかにはビールに氷を入れる感覚で、日本酒にも「氷入り」で注文してくる客もいるのだとか。そこで、ボトルは氷水につけて冷やして提供している。梅酒など、変わり種の酒もシンガポールではよく売れる。
以前、酒が一切飲めないムスリムも多いマレーシアでも勤務していた岡氏。現在はシンガポールでの日本酒の手応えを十分に感じており、「初心者には軟水を使った日本酒で、ワイングラスでも飲めるような酒質のものを積極的にお薦めしていきます」と意気込む。また、必ずローカル・スタッフにも売る前に試してもらい、味や見た目、価格など、さまざまな観点から現地のニーズにマッチしているかどうかを確認しているという。

「今後もラーメンを中心とした日本食の魅力やおいしさを積極的に世界に発信する一風堂ブランド。前述の島津氏は、「もちろん日本の焼酎や日本ワインなども考えています。でも海外のお客様への浸透力でいうと、断然、日本酒。受け入れられるスピードが日本酒は早い。またワインは赤・白により、料理と合う・合わないがはっきりしているけれど、日本酒は比較的どんな料理にも合う。食中酒としての懐の深さも魅力」と日本酒の可能性を語る。
実は同社の日本酒戦略は、外国人が増えている国内でもスタートしている。3店舗展開している立ち飲み業態「一風堂スタンド」では最近、蔵元を招いた「酒蔵ナイト」を開催。蔵元から日本酒に対する愛情や製法のこだわりをダイレクトに聞きながら、その日本酒とご当地のつまみをペアリングで堪能できる酒イベントだ。イベントの日は外までウエイティグができる人気ぶりがうかがえる。

「国はどこであれ、お客様も蔵元も、自分たちも、楽しんでやれるかがとても大事。もし英国のパブみたいに、世界中で日本酒の店が親しまれて定着したら、日本文化をにうまく発信できたということになるのかな」と島津氏。
ラーメン店の枠を超えた「一風堂」ブランド。「日本酒のIPPUDO」と海外で言われる日も、そう遠くないだろう。
(GreenCreate 国際きき酒師&きき酒師 滝口智子)