鈴木理恵子と若林顕のデュオ レスピーギの魅力前面に
クラシックディスク・今月の3点

鈴木理恵子(ヴァイオリン)、若林顕(ピアノ)
若林顕と鈴木理恵子の夫婦デュオはこれまでシューベルト、モーツァルトなどドイツ・オーストリア系音楽のCDで高い評価を得てきた。今年1月16~18日に神奈川県の相模湖交流センターでセッション録音した最新盤では一転、イタリアのレスピーギ、ベルギーのフランクとラテン系作曲家のヴァイオリン、ピアノのための大作ソナタ2曲に取り組み、美しい小品3曲も添えた。
レスピーギは色彩豊かで音量も圧巻の交響詩「ローマ3部作(ローマの松、祭り、噴水)」から、バロック音楽を模して優雅な「リュートのための古代舞曲とアリア」まで、オーケストラ音楽の名手として名高い。実際には声楽曲やオペラ、室内楽、さまざまな独奏楽器のための協奏曲まで、幅広く手がけた作曲家だった。1918年に世界初演した3楽章構成の「ヴァイオリン・ソナタ ロ短調」も演奏時間が30分近くにおよび、美しく劇的な楽想が入念な構成を伴って展開する大作。演奏者に高度の音楽性、解釈力を要求するため、長く敬遠されがちだったが、ここ20年ほど、再評価が進んでいる。
小学生時代からメディアの注目を集め、巨匠ピアニストへの道を着実に歩んできた若林。音大卒業と同時にメジャーオーケストラのコンサートマスターに抜てきされ、アイドル的ソリストの人気も博しながら、ジャンルや時代を超えたアーティストへと活動をシフトしてきた鈴木。ともに熟年の円熟期を迎え、再現技術と作品理解の両面にいささかの不安を感じさせることなく、レスピーギのソナタの魅力を余すところなく伝える。フランクも実に堂々とした仕上がりで、音楽にぐいぐい引き込まれていく。
オーストリアの盲目の女性作曲家パラディスの「シチリアーノ」とフォーレの「子守歌」というアンコールの定番の間には、24歳で亡くなったフランスの女性作曲家リリ・ブーランジェの珍しい「夜想曲」。いずれも隅々まで磨き上げ、心血を通わせた名演だ。(オクタヴィア)
アダム・ラルーム(ピアノ)
山田和樹指揮ベルリン放送交響楽団
ブラームスの「ピアノ協奏曲」は全2曲。最近は「ヴァイオリン協奏曲」のピアノ編曲を「第3番」と名乗る奇手もあるが、オリジナルは2曲だけだ。しかも第1番は作品15で1857年(24歳)、第2番は作品83で81年(48歳)と、作曲完成時点のブラームスの年齢が倍も違う。前者は恩師シューマンの死に対する悲しみ、その妻クララへの秘めた愛情との板ばさみに苦悶(くもん)する青年の激情に支配され、後者はイタリア旅行で得た霊感からくる明るい曲想に貫かれ……と雰囲気は対照的ながら、オーケストラの編成が交響曲に匹敵するほど分厚く、ピアニスト泣かせの点では共通している。
若いピアニストが挑む場合は老巨匠、名門オーケストラと組み合わせた録音が多いなか、独奏も指揮も若手、この種の企画には登場する機会が少ないオーケストラを初顔合わせで結びつけるアイデアはいったい、どこから来たのか? 1987年にトゥールーズで生まれ、2009年のクララ・ハスキル国際ピアノコンクールで優勝したラルームはフランス人ながらシューマン、ブラームスなどドイツ・ロマン派の音楽で頭角を現した。ソニー移籍に際し、いきなりブラームスの協奏曲2曲を希望。地元のトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団と共演した際に意気投合した山田和樹を指揮者に指名した。ベルリン放送交響楽団は旧東独時代のレークナー、東西統一後のフリューベック・デ・ブルゴス、ヤノフスキらブラームスを得意とする指揮者が代々の首席を務め、作品にふさわしい音の出し方を知っている。
最近は第1番、特に第3楽章を目にもとまらないような速度で弾き飛ばす若手も多いが、ラルームは緩急の変化を巧みにつけながらも、じっくりと語りかける姿勢を一貫して崩さない。若い演奏者ならではの繊細かつ柔らかな感性の輝きに対し、山田も的確な反射で応じる。第2番でも歴代巨匠大家の名演奏に比べ、明るさや柔軟さで際立ち、壮年期のブラームスがまだ多く備えていたはずのエネルギーを最も自然な息遣いで引き出していく。これを「フレッシュ」ととるか、「薄味」ととるかで、聴き手の感受性年齢も試されているのだから、要注意。(ソニー)
アルフレッド・ブレンデル(ピアノ)
サイモン・ラトル指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
08年、演奏活動に終止符を打ったブレンデルはその後、各地の放送局やオーケストラのアーカイブに残っている自身の実況録音を丹念に調べ、自選コレクションのシリーズとしてCD化している。かつて「新聞の誤植探しが趣味」と伝えられたモノマニアぶりが、思わぬ形で役に立ち、音楽ファンにも歓迎されるのは面白い。
シューマンの協奏曲は過去にアバド、K・ザンダリンク(日本式の古いドイツ語読みではザンデルリンク)の指揮で録音していたので、正規盤のリリースは今回のラトル指揮で3点目。01年3月11日にウィーン楽友協会(ムジークフェアアイン)ホールで行われた演奏会の模様を収めている。前2盤に比べ音楽の流れが際立って自然で、最も安心して身を委ねられる気がする。ラトル指揮のウィーン・フィルとは、ベートーヴェンの5曲のピアノ協奏曲の録音を完成させた直後で、相互の意思疎通が極めて良好な時期に当たった。何より、ピアノの音色が素晴らしい。特に左手の音の厚みと深み、絶えず何か語りかける風情は最近なかなか、聴けない類いのものだ。
一方、ブラームスのヘンデル・ヴァリエーションは長年、ブレンデル自身の疑問が氷解しない作品であり、正規のディスクを残さなかった。だが「友人が存在を知らせてくれた」というオーストリア放送協会(ORF)の録音、1979年6月4日にウィーン・コンツェルトハウスで行った演奏会のライブを聴き、考えを改めた。「私は、さまざまなキャラクターの豊かさ、色彩、有機的な統一、素晴らしい作品の素質を残すことができ、フーガの対位法的でピアニスティックなパワーに驚くことができた」といい、CD化に踏み切った。自画自賛も無理はないと納得できるほど、興に乗った演奏が今によみがえった。(ユニバーサル)
(NIKKEI STYLE編集部 池田卓夫)
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