2018/4/22

問い続ける人の思考法

田中 でもその主人は親切で、男なら力仕事くらいできるだろうと、生花で日本一大きい大田市場で知り合いの仲卸を紹介してくれました。最初は体がきつかったですね。夜中の12時に行って、朝まで重い台車を引くばかり。花の名前もカタカナで長いものが多く、覚えられない。中には難しい名前を言って「花の名前も知らずに物言うな!」と、とても厳しい人もたくさんいました。でも、そういう理不尽な世界がなぜか気に入ったんですね。自分の知らない新しい世界が開けていく高揚感みたいなものがあったのだと思います。

花の持つ価値を最大限引き出す

石川 そこで働いているとき、後に師匠となるベルギー出身の世界的なフラワーアーティスト、ダニエル・オスト氏と出会うわけですね。日本でも評価が高く、2015年には旭日小綬章を受章しています。

石川善樹氏(左)と田中孝幸氏

田中 実は彼のことは全く知りませんでした。たびたび来日して大田市場にも来るのですが、注文が細かく、しかも英語なので、市場の人はみんな持て余していたそうなのです。僕は学生時代にバックパッカーで旅行していたのでカタコトの英語なら話せる。それで、フラワーアーティストであることも知らずに、「ご用聞き」役を任されました。

当然、普通の花屋とは全然違う買い方をするので、「なぜ、そんな花を買うのか」とか「こっちの方が日本では売れるのに」とか聞きまくっていたら、しまいに「俺はいま選ぶのに集中しているのだから黙っていろ」と怒られてしまいました(笑)。

石川 出会いは最悪だったわけですね。

田中 はい。そのうち、アーティストであることがわかり、そちらの質問もするようになってから、会話が弾むようになった。やがて、「おまえはどう思うか」と聞かれるようになり、来日した際には必ず電話が入るようになりました。そしてある日、「いつまでも市場で働く気はないんだろ。君はフラワーデザインの現場に来るべきだ」と誘ってもらえたのです。うれしかったですね。その後、様々なイベントで彼の制作現場を間近に見たことが、この道に進む決定的な要因になりました。

石川 どういうところに引かれたのでしょう。

田中 花や植物と徹底的に対峙し、その価値と可能性を極限まで追究しようとする姿勢です。フラワーアートは花の命を奪うことで成り立つ芸術だから、花が持つ美しさや強さ、はかなさといった価値を最大限引き出すことが我々の使命であると。

石川 なるほど。私も彼の写真集を見せてもらいましたが、非常に繊細ですよね。そして、思ったより暗い空間を使った作品が多くてびっくりしました。アート全般にいえることですが、西洋では光が非常に大事な役割を担っています。それに対し、日本は暗い中にほのかな美しさを求める。オスト氏の作品からは東洋的な感性を感じます。

田中 その通りです。京都にある世界遺産の東寺や金閣寺で、彼の作品を展示したのですが、とてもマッチしていました。谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼賛(いんえいらいさん)』に通じるものがあります。西洋は陰影をなくす方向に文化が発展しましたが、日本はもともと、陰影の中でこそ映える芸術作品をつくり上げてきた。まさにダニエルの世界ですね。彼が評価されているのは、陰と陽の対比や、闇の中で花を競わせて美しさをあぶり出すといった東洋的な手法です。僕が引かれたのもそこでした。

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本物の銀じゃなくても銀閣寺