「ドビュッシーが素晴らしいのは、言葉で言い表せない何ともいえない響き。空気とも呼ぶべきもので、つかみどころがない。曖昧で輪郭がはっきりしない」と花房さんは言う。光や水、もや、煙などの捉えどころのない移り行きを描くクロード・モネら、フランス印象派絵画と比べられるゆえんだ。

時間とともに移ろいゆく光の色や香りの空気感

しかし「形がないままで、何も分からないままで終わらせてはドビュッシーにならない」と主張する。形のある音楽作品に仕上げるには「楽譜を明晰(めいせき)に分析し、すごくはっきりしたビジョンを持たなければならない。そうして初めて曖昧さを形として聴き手に届けることができる」。そして彼女は、枠のない空気のような音楽を何らかの形として聴き手に送り届けるために「日夜努力している」と話す。

ドビュッシー「前奏曲集」を弾くピアニストの花房晴美さん

19世紀後半から20世紀初めにかけて、ワーグナー、ブルックナー、マーラー、リヒャルト・シュトラウスらドイツ語圏を中心としたロマン派の作曲家たちは大掛かりな管弦楽編成と長大な構成の音楽を志向した。そうした中でドビュッシーは管弦楽曲「牧神の午後への前奏曲」「海」「夜想曲」やピアノ曲「ベルガマスク組曲」「映像」といった作品群で旋律、和声、リズムともにこれまでにない革新的な路線を打ち出した。長調でも短調でもない全音音階による曖昧な和声感、不協和音の多用、音数が少なくて透いた感じのするシンプルな管弦楽法や編曲法、始まりも終わりもない流砂や風のような構成などを特徴とする斬新な楽曲が生まれた。

「フランスの作曲家の中では光の色や香り、空気感が一番出るのがドビュッシーの音楽」と花房さんは言う。時間とともに移ろいゆく光や香りをピアノでどう表現するか。そこでまず必要なのは明確なビジョン。例えば「亜麻色の髪の乙女」。音数が少なくてシンプルな曲だから「一見簡単そうで、ピアニストは何もしていないと思われるかもしれない」。しかしそこには「静かなおしゃべり」の細かな表情の変化を付ける工夫が随所に組み込まれている。

「おしゃべりの場合、次の言葉に対して発声が浮き沈むことがある。それをピアノの音でどう膨らませたり、動かしたりして聴かせるかが技術。そうしないと間合いが取れない。機械的に弾いたらデパートで流れていそうなイージーリスニングになってしまう」。本当のドビュッシーを聴いてもらうには「簡単なフレーズの中に動きを持たせる工夫が絶対に必要になる」と強調する。

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