オーケストラでは「ハープは色合いを出す」と言う。「響きが豊かでポリフォニック(多声的)なので、和音や和声が変わった時に色を出せる。逆に単音も弾けるので、打楽器と一緒にリズムを作ったり、弦楽器と一緒に旋律を歌ったりもできる」と万能ぶりを説明する。具体的には「マーラーの交響曲はハープを効果的に使っている」と説明する。
■自主レーベル最新盤はドイツ・オーストリア音楽
例えば吉野さんがアバド氏指揮のルツェルン祝祭管弦楽団に参加して弾いたマーラーの「交響曲第3番ニ短調」。第1楽章の長大な行進曲が最高度に盛り上がる終結部で、低音から高音へと駆け上がるハープのダイナミックなグリッサンドが登場する。第2楽章「テンポ・ディ・メヌエット」でも拍子が変わる中間部でハープが印象的なリズムを刻む。マーラーの交響曲ではほかにも「第5番」第4楽章「アダージェット」でのアルペジオ、「第7番」第1楽章展開部での場面転換、「第9番」第1楽章の冒頭など、ハープが活躍する箇所を挙げれば切りがないほどだ。
楽器と同様にソロ、室内楽、オーケストラというオールラウンドの活躍をしてきた吉野さんは2015年にデビュー30周年を迎えた。それを機に始めたのが自主レーベル「grazioso(グラツィオーソ)」によるCDのレコーディング制作だ。「選曲もブックレットの文章の執筆も自分で担当し、デザインも考える。自分で全部聴いて、採用するテークも決める。そうすると自分が今までやってきたことが客観的に見えてくる」と意義を説明する。
最新盤は2月10日に出た自主レーベル第3弾「ハープ・リサイタル3~バッハ・モーツァルト・シューベルト・ブラームス」。「フランス音楽の話をしておきながら、最新CDはドイツとオーストリアの作品ばかり」と言って笑う。「今回はハープのオリジナル曲ではない曲を集めた。特にバッハの『シャコンヌ』(『無伴奏バイオリンのためのパルティータ第2番』の第5曲)をどうしても入れたかった」。年1枚のペースで「まだ何枚か予定している。次は現代曲を考えている」。自主レーベルCDの制作を通じて自分がどんな方向に行くべきか、「次の道も見えてくる」と話す。
ピアノに比べるとレパートリーが少ないハープ。コンサートの数も少ないが、現代の作曲家への作品の委嘱も含め、「ハープの新しい世界を広げていきたい」と今後の抱負を語る。フランスを中心に演奏家と作曲家が協業してつくり上げてきたハープの世界。円熟味を見せるハーピストは楽器の固定観念を打ち破り、新たな面を引き出す機会を求めている。
(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)