今さら聞けない 「裁量労働制」の基礎知識
人事労務コンサルタントの佐佐木由美子です。働き方改革法案の本命といわれていた裁量労働制の拡大が、今国会では切り離されて審議されることになったニュースは記憶に新しいところではないでしょうか。発端は不適切データの問題が指摘されたことですが、今回は自由度の高い働き方として注目されている裁量労働制について考えてみましょう。
いくら働いても給与は同じ?
最近、よく耳にする「裁量労働制」。そもそも、どのような制度なのでしょうか?
裁量労働制とは、一定の業務を行う労働者について、業務の性質上、業務の遂行方法や時間配分等の裁量を大幅に委ね、実際に働いた時間とは関係なく、あらかじめ定められた時間(みなし労働時間)で働いたものとみなされる制度をいいます。
裁量労働制には、専門的な労働者に適用が限られ、労使協定を締結することで実施できる「専門業務型」(注)と、経営の中枢部門で企画・立案・調査・分析業務に従事する労働者に関して、労使委員会の決議によって実施する「企画業務型」の2種類があります。
(注)専門業務型裁量労働制の対象業務は19業務とされています。厚生労働省の「専門業務型裁量労働制」のページを参照してください。
専門業務型と企画業務型、それぞれ対象者は異なりますが、いずれも裁量労働制として共通する働き方の特徴があります。一般に、労働者は始業と終業の時刻が決められていますが、裁量労働制の場合は始業と終業時刻を自分で決めることができます。
始業と終業の時刻を自分で決められる――この点を見れば、フレックスタイム制と何ら変わりないように感じるかもしれませんが、大きな違いがあります。それは、働いた時間。フレックスタイム制は、実際に働いた時間を集計しますが、裁量労働制は、実際に何時間働こうと、労使協定であらかじめ定められた時間、すなわち、みなし労働時間働いたものとみなされることです。
例えば、平日午前8時から午後9時まで、休憩を除き12時間実際に働いたとしても、みなし労働時間が8時間であれば、8時間働いたものとして給与が計算されます。みなし労働時間と比べると4時間残業をしているように見えますが、この場合は残業代の支払いは発生しません。逆に、平日3時間しか働かなかったとしても、8時間働いたものとみなされるため、給与を差し引かれることはありません。
ちなみに、みなし時間が1日の法定労働時間である8時間を超えている場合は、割増賃金が発生します。仮にみなし労働時間を9時間とした場合、実際に9時間働くかどうかにかかわらず、1時間分の割増賃金が発生します。
ただし、こうしたみなし時間は、所定労働日に働いた時間が対象となり、休日や深夜(午後10時~翌午前5時)に働いたときは、別途割増賃金が必要とされています。とはいえ、基本的にはいくら働いても給与は同じ……ということから、労働者を働かせ放題にさせるものだとする意見も多くある状況といえます。
法案に盛り込まれた「スーパー裁量労働制」
今回の働き方改革法案では最終的に削除されたものの、企画業務型裁量労働制の対象業務に、(1)裁量的にPDCAを回す業務、(2)課題解決型の開発提案業務――の二つを追加して、さらに拡大を図ることを狙いとしていました。こうした対象範囲の拡大は、日本における人手不足の現状の中で多様な働き方を用意し、日本全体で生産性を高めることが目的とされています。
そもそも裁量労働制は、私たちの働き方に浸透しているとは言い難い状況といえます。企画業務型裁量労働制が適用されている労働者割合は、平成29年度調査計でわずか0.4%、専門業務型裁量労働制の1.4%と合わせてもわずか1.8%にすぎません(平成29年就労条件総合調査概況)。こうした状況の中で、政府としては拡大を狙いましたが早くも立ち消えとなり、経済界からは失望の声も聞かれています。
働き方改革法案において裁量労働制は切り離されたものの、一部で「スーパー裁量労働制」と皮肉られている「高度プロフェッショナル制度」は、そのまま法案に盛り込まれています。これは、金融商品のディーリング業務やアナリスト、コンサルタントの業務など、高度の専門的知識等を必要とする一定の対象業務に就く年収1075万円以上の労働者について、労使委員会で決議し行政官庁へ届出等を行うことにより、労働時間、休憩、休日・深夜の割増賃金に関わる労働基準法の適用から除外される制度をいいます。対象者は相当限られるとはいえ、裁量労働制と比べても規制が緩く、かえって長時間労働を招くことになることが懸念されています。
適切に運用されない企業も
裁量労働制は、うまく活用できれば、生産性を高めワークライフバランスの実現にも役立つ働き方であるといえます。実際に、時短勤務の適用を受けずに、裁量労働制でメリハリをもって働くことによって給与を維持しながら育児と仕事の両立を図っている方もいます。そうした方たちにインタビューしてみると、「裁量労働制だからこそ、仕事を続けることができた」「これ以外の働き方はもうできない」など、好意的に評価している様子がうかがえます。
一方、適切に運用されず、問題となっているケースも後を絶ちません。つい先ごろも、裁量労働制を違法に適用したとして厚生労働省東京労働局から特別指導を受けた大手不動産会社がありますが、裁量労働制で働いていた男性社員が過労自殺で労災認定を受けていたことが明らかになりました。勤務記録によると、亡くなる1カ月前の残業時間は約180時間に達していたといいます。
働き方の自由度を高めていくことは、労働生産性を向上させる上でも、個人の生活を充実させるためにも重要です。問題はその使い方で、大切なのは労使双方が正しい認識をもってベクトルをうまく合わせていくことではないでしょうか。
人事労務コンサルタント・社会保険労務士。米国企業日本法人を退職後、社会保険労務士事務所等に勤務。2005年3月、グレース・パートナーズ社労士事務所を開設し、現在に至る。女性の雇用問題に力を注ぎ、働く女性のための情報共有サロン「サロン・ド・グレース」を主宰。著書に「採用と雇用するときの労務管理と社会保険の手続きがまるごとわかる本」をはじめ、新聞・雑誌等メディアで活躍。
[nikkei WOMAN Online 2018年3月14日付記事を再構成]
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