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それでも親子

女優・戸田菜穂さん 母から授かった感性と自信

2018/3/16

1974年広島県生まれ。1991年に芸能界デビュー。NHK大河ドラマ「西郷どん」に出演中。15日放送のテレビ朝日系「科捜研の女」にゲスト出演予定。趣味は俳句、三味線など。44歳

著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回は女優の戸田菜穂さんだ。

――実家は広島市にある歯医者さんだと聞きました。

「祖父も父も歯科医をしていました。自宅の1階で診療し、開業医なので転勤もないから、父は夜も家族と一緒に食卓を囲む生活でした。両親は高校から互いを知っていて、思ったことを遠慮なく言える関係。妹や弟も私のことを『菜穂ちゃん』と呼ぶ、とてもフラットな家族でした。結束力が強いので、近所の人たちから『チーム戸田』なんて呼ばれていました」

「土間があった祖父の家や、近所で大人と子どもがすれ違うと自然にあいさつする習慣など、広島での生活は私にとっての原風景です。今でも向田邦子さんの世界をはじめ昭和以前の雰囲気に強く引かれるのは、幼少期の記憶のせいかもしれません」

――感性や芸術に対する考え方は、お母さんから多くの影響を受けたそうですね。

「母は『1に感性、2に感性。心の土壌を肥沃にすることが何よりも大事』が口癖。幼いころから美術館や映画、コンサートに連れていってくれました。女優への憧れが芽生え始めたのもこのころです。小学生で俳句を詠むようになったのは自発的とはいえ、母の影響でしょうね」

――お母さん自身はどんな人ですか。

「母は昔から自分の生き方や考え方がはっきりしていました。誰に対しても物おじせず、『相手がフランスの大統領でも一対一で話せる』と。ファッションにこだわりと自己主張があって、黒いワンピースに真っ赤な口紅という姿で授業参観に来たことがあります。私にとっては、いつもかっこよくてきれいな人。父も同じ気持ちだったようで、娘たちが20歳近くになっても家族で一番美しい女性は母だと言ってました」

――高校生でデビューして、地元や家族と離れるさみしさはなかったですか。

「最初の頃は仕事があれば東京に通う生活で私自身、広い世界を見たいという強い気持ちが勝ってました。実はその段階で母は、私がずっと女優を続けられるとは思っていなかったようです。私自身にもさみしいという気持ちは、ありませんでした。『あの母の娘なんだから、なんとかなる』という気持ちでいました。緊張したり自信がなかったりするときは、自分にそう言い聞かせて乗り切ってきました」

――戸田さん自身、2児の母になり、お母さんと同じことを実践しているとか。

「人生の豊かさの尺度はいろいろあると思いますが、私にとってはどれだけ感動できるかが最も大事です。娘たちにはできればクールな子より感動屋さんになってほしくて、なるべく多く博物館などへ行くようにしています。長女は6歳になったので、これからはコンサートにもどんどん連れて行きたいですね」

[日本経済新聞夕刊2018年3月13日付]

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